第38話 楽しいですか?

 正直に言おう…。

 結果的に、この日は、良い写真が一枚も撮れなかった。

 

 いや…、日が沈む際に見せてくれた幾十ものオレンジ色の光が湖面に反射する情景など、見応えは十分だったのに、僕は写真として最高の形で切りとることが出来なかった。

 見返すと、なんだか、どれもこれもをファインダーに入れすぎていて、主役がぼけてる観光スナップ…、そう言われてもおかしくないくらいイマイチな写真を無駄に量産したって感じだ…。


 木綿ゆうさんは、僕の近くで、ずっと楽しそうにしてくれていた。

 日が沈む際のオレンジと青が混ざってくる空を見ながら、「こんなに素敵な空、私、一生覚えてると思います」とか言ってたっけ。

 だけど、僕の方といえば、写真の出来は散々だった。まだまだ、腕がないというか、感性が足らないというか…。悔しいけど明日の朝撮影…、頑張ろう、それしかない。


 ペンションに向かう車の中で、少し落ち込む僕に彼女はずっと無言でいてくれた。今の僕にはそれが何よりの特効薬だ。そういうことも敏感に察知してくれる木綿ゆうさんは本当に素敵な女性だ。改めてそう思っていた。



◇◇◇


「予約していた宮畑です」

「はい。お待ちしていましたよ。ですね」

「えっと、はい。僕も彼女も同じ名前なので…」

「はぁ?えっと、宮畑さん?が二名?ご夫婦ではなくて?」

「えっ、違います。違います!!」


 顔を真っ赤にした僕は、慌てて否定する。

 すると、ペンションの受付に座る品の良さそうなおばあさんが、「あら、ご夫婦かと思ってましたよ」なんて言う。


「いやいや…」


 僕は、両手で違うと再度、意思表示をするも、どうもおばあさんも困った様子だ。


「本来ならば、今朝お電話貰った時、既に満室だったんですけど、宮畑さんとおっしゃたので、あー、奥様も来られるんだと勝手に勘違いしたのよねー。ツインの部屋だからいいわねなんて息子夫婦と話してたんですよ。あら、困ったわ〜」


 全然、困ったように見えない!!!!

 結論から言うと泊まれる部屋は一部屋しかないということらしい。

 だが、この部屋はこのペンションの中でもっとも広い部屋で、ツインベットの他にソファーや小さなテーブルもあるとのこと。

 まあ、男の僕としては、同じ部屋でもいいに決まってるが、さすがに木綿ゆうさんは絶対に嫌だろうし…。


 さぁ、困ったぞ、どうしようか…と頭を悩ませてると、「私は同室で構いませんよ。ね、宮畑君」と彼女が言った。

 ん?今、なんて…!?聞き違いだよね。それって…。


木綿ゆうさん!?今、なんて?」

「えっ、仕方ないですよ。急に予約したのは私ですし。あっ、私は全く気にしてないですよ。だって、これまでも宮畑君の部屋に泊まったことありますし。それと一緒ですよ」

「へっ…」


 すると、おばあさんは、「あら、良かったわぁ〜。ごめんなさいね〜。お詫びに、温泉は家族風呂にするから、お二人でゆっくりと疲れを取ってくださいね」といいながら、僕らに部屋の鍵を渡した。


「「あ、ありがとうございます」」


 なんて刺激的なことを言ってくれるんだろう。僕らは、茹で蛸状態になって部屋への階段を登って行く。

「ご飯は、十九時からですからね〜」と背後からおばあさんに声をかけられた僕らは、「「はい」」と小さく返事をするのがやっとだった。



◇◇◇


 部屋に入った僕らは、何とも言えない緊張感の中でただ突っ立っていた。

 ベットは二つあるものの、ぴったりとくっついている!!なんだか頭がクラクラしてしまう。


「あのー、これからどうします?先にお風呂?それともご飯?それとも……」


 ちょっと待って!これって、完全な新婚夫婦の会話っぽくなってませんか?木綿ゆうさん、ちょっと僕を揶揄い過ぎてるのでは!!

 すると、「それとも———、散歩します?」の言葉が漸く彼女から発せられた。そこっ!タメを入れすぎだよ!もう、どうなってもしらないから!男は皆狼なんだよ!なんて、思わず思ってしまう。勿論、紳士な僕はそんなことはしないけど…。


「そ、そうだね。食事の前にちょっとこのペンションの周りでも散策しようか」

「何か違う事考えてたんでしょ?」

「くっ…。ほら、行くよ!」

「ふふふ…」


 同じ部屋に泊まることになって、完全に木綿ゆうさんのペースになっているみたいだ。もっとしっかりしないと…。


 それから、僕と木綿ゆうさんは、『ペンション白い丘』のすぐ目の前にある小さな沼の周りを歩き始めた。綺麗な木道が整備されていて、所々にオシャレなガス灯のような形をした照明が立っているから、日が暮れていても問題無い。

 ただ、この木道は一人が歩けるくらいの幅しかないので、先に僕が歩いて、彼女は僕のすぐ後ろを歩いている。だが、歩き出してすぐに、僕のシャツの裾が少し引っ張られる感じがした。振り向くと、木綿ゆうさんがほんわかと顔を赤くして、僕の裾を握っている。

 あー、これ、これなのかな。彼女がいたらこんな幸せを感じることができるだろうな。いや、これって、誰でも良いという事じゃ無いんだ。そう、彼女だから…、木綿ゆうさんだからいいんだ…。


「宮畑君、あのー、写真撮るのって楽しいですか?」


 小さな沼を一周し終え、ペンションの扉を開けようとした時、彼女が僕にそう言った。




To be continued…

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