第二章

第27話 夢って?

 大学院の後期授業が始まった。

 初日の今日は、講堂にある小会議室で、教授と一対一の面談がある。ちょっと緊張してきたかもしれない。

 日差しが随分和らいだ気がする…。木陰にいると時折吹く風にまだ遠くにいる秋を感じる。僕はペットボトルの水を一口飲むと昨日の夜を思い出した。


 それは、夜の九時を過ぎた頃だった。


『ピンポーン』


 サブスクの音楽を聴きながら、読みかけの文庫本を片手にベットに寝転がっていた僕は、「はーい」と返事をして玄関に向かった。


 ドアチェーンをしたままドアを開けると、そこには僕と同姓同名の宮畑木綿みやはたゆうが赤い顔をして立っていた。

 僕は、急いでチェーンを外すとドアを開ける。


木綿ゆうさん?どうしたの?」

「ごめんなさい。もう寝てました?」


 彼女は、なんだかもじもじとしている。


「いやいや、まだ、九時だし!そんな子供じゃないよ」

「そ、そうですか!良かった…」


 ほっとしている彼女を見ていると何かあったのか?と思ってしまう。


 「行こうかどうかずっと悩んでたんです。そしたら、九時を過ぎちゃってて。失礼だとは思いましたが、結局来ちゃいました」


 くぅー。風呂上がりなのだろうか?ほんのりと香るソープの香り、リップしか塗ってないであろうその顔ー!なんてすべすべしているんだろう…。それに、長い黒髪も少し湿っていて、正直むっちゃ色っぽい!!しかも、水色のTシャツとチェック柄のショートパンツがとにかく似合っている!

 こんな美少女が僕の知り合いでいいのだろうか!?しかも、夜に部屋を訪ねて来る仲だぞ!もう、夢を通り越して、どんなところかは知らないけど、まるで天国にいる気分だ。


「良かったら上がる?散らかってるけど…」


 僕が冷静を装いながらそう言うと、とびっきりの笑顔になった君は、「はいっ」と元気よく返事をした。



「宮畑君、明日の教授との面談ですが、彩湖さいこによると、院を卒業してから何をしたいのか?それに向かってどうやっていくのかって、進路的な質問があるようなんですよ」

「そ、そうなんだ…。うわぁ、まじかぁ〜。僕はまだ固まってないんだよな〜自分の進路って…」


 彼女は、僕の部屋の壁際に置いている小さなソファーにもたれながら、麦茶が入ったコップを左手で持つと小さな口許に運んだ。


「私も宮畑君と同じ…。特に将来の事を考えてこの大学の院を受験した訳ではないので。まさかこんなに早く将来の図とそこに到達する為の策を示しなさいなんて聞かれるとは思ってなかったんですけど…」


 勿論、大学院まで来たからにはしっかりと勉強をしなければ…、と思っているのは僕も彼女も同じだと思う。

 特に、僕は、女で一人で育ててくれた母さんに報いるためにも結果はしっかりと残したいと思っている。でも、その一方で、こんなにも自由な時間を自分なりに有効に使って、親友や勿論恋人なんてのも作って、一度しかない青春を謳歌しつつ、そして将来をゆっくりと考えていければと思っていたのだが…。やっぱり、甘かったか…。

 

 さあ、どうしよう!?


「なんだか、そういうのを一人で考えていたら無限ループに陥ってしまって…。だから、宮畑君の顔を見たくなったんです。ごめんなさい。迷惑かけちゃって…」


 そういえば、彼女は将来に対してどんな風に考えているのだろう?今は、明確でなくても、そのさわりだけでも聞きたいと思う。


 福岡での一週間、そして、毎朝のジョギングや夕食をお裾分けする際に交わす会話では、彼女の全てを知ることは到底無理だし、僕には全く分からない。


「ねえ、木綿ゆうさんは、どんなことが好き?もしくは、どんな事に興味がある?」

「うーん。あるけど。それはここでは、ちょっと言いにくいというか…」


 やってしまった…。

 やっぱり、僕なんか恋人でもないし。踏み込んだことを聞いてしまったのは、彼女に対して失礼だったのかもしれない。

 すると、ちょっと、落ち込んでしまった僕に、「違う違う!!!!」と彼女は叫んだ。


「違うから!私が宮畑君に言うのって、凄く…、その…、恥ずかしいことなので…。今は内緒にさせておいてください…」


 最後は聞こえないような小さい声で、真っ赤になりながら両手で顔に向けてパタパタと扇ぐ彼女がとても可愛いから、うん、今日は、そういうことにしておこう。


「宮畑君は?何か考えていることあるの?」


 彼女にだからだろうか?僕は、思っていることをストンと言葉にして発す。


「北海道の富良野か美瑛に住んで、そこで教師になる…、かな」


 その言葉が狭い部屋に響く…。

 すると、彼女が妙に感動した瞳で僕を見上げるのだ。


「北海道?富良野?美瑛?・・・・。えっ!?福岡じゃないんですか?なんで、なんでなんですか?」


 彼女は、驚きの声を上げた。





To be continued…








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