第25話 東京に帰ろう!

 あっという間に予定していた一週間が過ぎた。

 今日はもう東京に向けて出発する日だ。

 僕たちは、母さんに別れを告げると、歩いて最寄り駅に向かって歩き出した。


木綿ゆうちゃん!また、来んしゃい!佑に野菜送るけん一緒に食べるとよ〜」

「はい!!お母さん、、ありがとうございました!また、絶対に来ます!」


 彼女は、麦わら帽子を片手で押さえて、何度も振り返っては大きく手を振る。

 

 母さんが買って来たちょっとだけオシャレな麦わら帽子。それを彼女はいたく気に入ったようで、プレゼントされた日、ずっと頭にかぶっていた。


「木綿さん。あのー、そんなに気に入ったのは良かったのだけど、家でもずっと使うのはどうかと…」

「あ〜〜〜〜。確かにそうですね。んっ?もしかして、お二人とも私のことを痛い奴と思って見てました?」

「思ってないけどね。くっ、、ふふふ」

「あー、やっぱり思ってる〜〜!」


 なんて、騒動があったのもいい思い出だ。


 だんだん母さんの姿が小さくなっている。

 その時、僕の方を振り向いた彼女が愛おしい目で見つめてくる。僕は、母さんが見ていることも忘れて、同じように彼女をただただ見つめる…。


「あ、、あのぉ、、で、電車は何分ですか?」


なんだ、電車の時間を聞きたかったのか…。勘違いしちゃうじゃん。そんなに見つめられるとさ…。


「あっ、そ、そうか。えっと、あと十分位やね。ちょっと急ぐばい!」


『にこっ』と笑った彼女は、「さぁ、行きましょう!」とキャリーを引きながら駆けだした。


 二両編成のオレンジ色の電車がゆっくりと走り出す。僕は、窓から流れて行く畑と平屋の家をぼんやりと見ている。


 僕は、これまで、実家から東京へ帰る際に乗るこの電車の中で何とも言えない感傷に浸ることがあった。

 それは、実家という居心地のいい場所から一人暮らしの東京へ戻るという、なんともいえない気持ちから発していたものだったと思う。

 だけど、今日は全くそんなことは感じない。それは、隣にちょこんと座って僕の方を見ては、時折『なにっ?』と笑う彼女がいるからだろう。

 

 彼女と過ごす東京の生活は、きっと楽しいに違いない。



◇◇◇


 福岡空港に昼前に着いた僕たちは、昼食を取ろうとレストランコーナーを歩いていた。


「宮畑君、そう言えば私、今回一度も博多ラーメンを食べてなかとよ。一度は食べたかー!」

「くっくっっ、、、、」


 急に、変な博多弁で話す彼女がとても可愛く、ついつい抱きしめたくなる。だが、僕らは恋人同士でもないからそんなことは出来ないのだけど、せめて、手を握るくらいはいいのだろうか?


 僕は勇気を振り絞って、彼女の手を取ると、「こっちこっち。あの店がこのラーメンストリートの中で一番美味しいっとよ!」と走り出した。



「博多ラーメンのジェノベーゼ味?」


 彼女は、自動販売機でチケットを購入する際、それこそ目をまん丸にして僕に尋ねる。


「そうそう、普通はとんこつに細麺なんだけど、ここはこのジェノベーゼ味の豚骨ラーメンが人気なんだ」

「あー、悩みます。どうしよう…」


「うー、、、」と悩む彼女だが、お昼時と言うことで、あっという間に僕らの後ろにチケット購入待ちの列が出来ている。

 焦った僕は、「じゃぁ、半分ずつしようか!?」と提案すると、「はいっ!それで!」とまたもやとびきりの笑顔を僕に向けた。


「お待たせしました。昔風とんこつラーメンと、ジェノベーゼとんこつラーメンです。どうぞごゆっくり!」


 頭にねじりはちまきを巻いた青年が、僕らにラーメンを持って来た。

 その時、『チラッ』と彼女を見たのを僕は見逃さなかった。


『やっぱり、目立つんだろうな〜。このところ一緒にいるから、感動が薄れているのかもしれないけど、彼女のレベルはやっぱり凄まじく高いんだ』と今更ながら再確認する。


「じゃあ、私、先に普通の博多ラーメン食べてもいいですか?」

「うん、いいよ。あっ、待って待って。こうやって、紅ショウガを載せて、白ごまをすって…。はい。これで完成」

「あー、これが本場の食べ方なんですね。美味しそう〜」


 彼女はスマホを取り出すと、『パシャリ』と撮影する。


「ほら、バリカタで頼んだけど、麺が細くてすぐに柔くなるから、さっさと食べないと!」

「うぇっ、そ、そうなんですか。はい。では、いただきます!」


 そう言うと彼女は、左手で持つ箸で細麺を掴むと小さな口にゆっくりと運ぶ。そして、「美味しい〜〜!」と僕の顔をみて幸せそうな表情をするのだ。


 厨房から、さっきの青年が彼女を見て、にっこりしている。そりゃこれだけ可愛い子が、こんなに幸せそうな表情をしてくれたら作り手冥利につきるってもんでしょうからね。


「はい。そしたら、こっちもどうぞ。なんだか不思議だけど箸が進むよー」


 僕は、ジェノベーゼとんこつラーメンを渡すと、彼女は僕の箸をそのまま使って食べ始めた。


「なんだか不思議な感じ。なに、これ!イタリアンととんこつって感じ!!」


 この歳にもなって間接キス!!と僕がドキドキしている中、彼女はそんなことはお構いなしに大興奮で一気に食べて行く。そして、最後は、両手でどんぶりの器を持つと、ぐいっとスープを飲み保した。その男っぷりに僕らの近くにいた男性陣は、あっけにとられた表情で彼女を見つめている。


「はぁ、美味しかった!ご馳走様でした」


 ペロッと小さく舌を出して唇を拭くその仕草……。もう溜まらないです!!


「宮畑くん、、あの、、なぜか皆さんが、私を見ているような気がするんですが、私の思い違いではないですよね?」


 そう訪ねる彼女に、「どんぶりを両手で持ってのスープ完飲みは、大抵は男がやる事だからね!」と僕はおちょくる。

「そ、そうなんですね。本格的なラーメン店に初めて入ったから御作法がわからなくて、、。ほら、あそこの男性のやり方を真似してみたんです。でも、いいです!美味しかったもん!」と真っ赤な顔になっている。


 そして、「私が間違ってる時は、宮畑君がちゃんと言ってくれないと。前にもお願いしたのに…。本当に宮畑君はすぐに忘れるんだから」と恨み節を呟く。


「ん?でも、僕はそんな木綿さんが好きだって、前にも言ったと思うけど…」

「・・・・・・」


 僕の言葉を聞いた彼女は絶句している。


「ば、、ばかぁ!!!こんなところで、、もう、知らない!!」


 耳まで真っ赤になった彼女を、近くにいる男性陣は暖かく見守っているようだ。


『この子、、僕の連れなんですよ。皆さんあまり見ないでください!!』


 本当は、そう言いたいところだが、今は黙って真っ赤になっている彼女を僕も微笑んで見ていよう。



To be continued…


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