第22話 長い夜

「お先でした…」


 彼女は、長い髪をタオルで拭きながらリビングに戻ってくる。

 心なしかぷくっとほっぺが膨れているような…。


「えっと、、さっきのは、不可抗力ということで、、、」

「ダメです!許しません!!」

「え〜〜っ」

「え〜〜じゃありません!!いつも宮畑君は一言多いんです。もし、見たとしても、見えなかったよと言えばいいのに、本当に正直なんだから…」


 ん?これって、怒られてるの?もしくは、褒められてる?

 僕は、一体どうすればいいんでしょう?


「ということで、宮畑君には、今から私が言うことを無条件でやってもらうことにします」


 無条件でやるってなんだろう?もしかして、今からコンビニでジュースを買って来なさいとか、私に福岡の名物料理をご馳走しなさいとか…かな?

 んー、なんだろうと思っていたら、彼女は、「凄く簡単なことですよ」と優しく僕に向かって微笑んだ。


「な、なにをすればいいのでしょうか?」

「はい。罰として、今から私の髪をドライヤーで乾かしてください。ねっ。簡単でしょう?」


 満面の笑みでそういう彼女を僕はまたもや見惚れてしまう。


「はい。これ。お借りしてきました」


 そういうと、彼女は脱衣所にあったドライヤーを僕に手渡し、そして、僕に背を向けぺたんとリビングに座ったのだ。


 僕は、ごくりとつばを飲み込むと、ドライヤーのスイッチを入れ、彼女の髪に向かって風をかける。


「あの、、、手で髪を梳きながらやらないといつまで経っても乾きませんよ」


 あのね!!!それって、、、僕もやりたいんだけど、躊躇してたんだよ。

 もうっ!!知らないからね!!!と半分自棄になって、僕は彼女の長い黒髪を触り始める。


 細い髪にすっと指が入る…。とても綺麗な輝きと触り心地に、僕はただただうっとりとしてしまう。そして、彼女の髪を指で梳きながら、なるべくダメージを与えないように遠くからドライヤーの風を当てる。


 だいぶん、余裕ができてきた僕は、現状を整理することにした。

 

 ぺたんと座っている彼女は、少し大きめの白いTシャツを着ている。で、足首ほそっ!!ん?背中に薄らと透けているのは、まさか、、例のピンク色の下着ではないだろうか?そう思った瞬間、僕の顔は真っ赤になっていた。と、、思う。


 この顔を彼女に見られなかったことが唯一の救いだ…。


「小さい頃、兄にこうして髪を乾かしてもらってたんです。両親は仕事で忙しかったから留守の時が多くて…。なんだか、凄く懐かしいです」


 あー、そう言えば、僕は彼女の事を全く知らないや…。

木綿ゆうさんの家族ってどんな感じなの?」と尋ねる。


 ん?と僕の方に振り向いた彼女は、ほんわかな笑顔で話し始めた。


「えっと、父は、公務員で、母は保険の営業をやってて…。兄は、今年、弁護士資格を取得して、弁護士事務所に就職が決まりました。妹の私がいうのもあれですが、、、兄はとってもかっこ良くて、すっごい好きだったんです。私、自分では思ってなかったんですが、どうやらかなりのブラコンだったようで…」


 あー、何となくわかるな〜。本人は自覚してないけど、甘え具合がなんというか丁度良い感じなんだもんな…。


「で、きっと中高って、、もてもてだったでしょう?」


 僕は、確信に迫る質問をぶつけてみる。


「う〜ん。もしかして、前に言ったかもしれませんが、中高では、正直、学年では目立っていたみたいなんです。でも、それと引き換えに自分らしくいられる時間って全くなくて…。だから、告白はされたことはありますけど、その人が私の内面まで知らずに言って来ているじゃないかってどうしても疑ってしまって…。だから、全部お断りしてしまったんです。ですから、、まだ一度も男性とお付き合いしたことがないんです」


「はっ!!!!マジで!!」

「あのー、そこって、そんなに驚くところですか?やっぱり、この歳まで、一度も付き合ってないのはおかしいことなんですね…」


 急にしゅんとしょげる彼女を必死で励まそうと慌ててフォローする。


「いやいや。おかしくないってば。君みたいにとっても可愛いくて、性格も良くて、感受性が高くて、そして、一緒にいて居心地が良い人が一度も付き合ってないというのが信じられなくてさ…」


 どうやら僕は、完璧に墓穴を掘ったようだ。


「あーっ!!!だから、宮畑君は、本当に、一言多いんですってば…。もう、知らない!!」


 ゆでだこ状態になった彼女は、両手で顔を隠しているけど、真っ赤なお耳が飛び出てますよ…。でも、これ以上は、何も言わないようにしよう。


◇◇◇


 少し時間が経って、恥ずかしい熱が少し冷めた僕たちは、明日何処に行くかを相談し始めた。


「えっと、倭奴国王印が見つかった志賀島とか?」

「いやいや、、暑いだけだってば」

「じゃあ、宗像大社とか?ここ世界遺産ですよね?」

「う〜ん、、何気に見所ないよ…。余りお勧めはしないな〜」

「天神地下街かキャナルシティで買い物?」

「絶対に渋谷、新宿の方が規模がでかいと思うよ」

「門司港は?」

「まあ、レトロって感じだけだけどね」


 ふと気づくと、完全にふくれっ面の彼女が僕をじとーっとした目で見ている。


「なんで、私が言った候補地を全否定なんですか?なにか文句があるとか?それとも、私と一緒じゃつまらないと思っているとか?もしそうなら、はっきりと言ってください!!」

「い、いや、、君の為を思って言ってるんだけど…」

「もういいです。明日行くところが決まるまで、寝るのは禁止です。いいですね!」

「はぁ〜。僕、もう眠いんだけどなぁ…」

「私は、さっき少しだけ寝たから元気です!ほら、どこにしますか?」


 そんなこんなで、結局いい案が出ず、僕らは午前三時くらいまで、あーでもないこーでもないとやってしまった。


 翌朝、母さんに、「夜中、トイレに起きたらあんたら起き取るけんちょっと覗いたとよ。まさか、ずーっとあーやっとたとね?ようあれだけ長い時間、じゃれておれるねぇ。あんたら仲がほんとよかとね〜」と言われる始末。もしかして、端から見たらそういう感じなのかな。


 あれだけ意地を張って、遅くまで起きていた彼女は、結局はまだベットの中で眠っているようだ。流石に、もう午前九時になるから、起こしにいこうか…。


 今日もいい天気みたいだ。

 さぁ、何処に君を連れて行こうかな。





To be continued…

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