第7話 彼女の部屋で

 僕は、大きく何度も深呼吸をするともう一度彼女の顔を見つめる…。


 今が、どういう状態かって?

 そうか、前の話を覚えてない皆さんの為に、もう一度振り返っておきましょう。


 発熱にて病院に行った僕は、同じように熱を出し診察に来ていた彼女、宮畑木綿みやはたゆうと偶然、出会う。

  僕よりも酷い熱でぐったりしている彼女をタクシーで連れて帰った僕は、そのまま彼女の部屋に上がると彼女を静かにソファーに寝かせた。

 そして、なにか食べるものを作ろうと自分の部屋に帰ろうとしたその時、、、。

 彼女は、僕のシャツの裾を掴みながら「すごい心細いから少しでいいからここにいて…」と呟いたのだ。


 



「じゃあ、冷蔵庫の中をみて、勝手に僕が作っちゃっていいかな?」


 僕は、返事を待たず台所の中に入り、小さな白い冷蔵庫を開けた。


 中には、卵とネギ、そして、豆腐と夕べのご飯の残りだと思われる茶碗に入った白米があった。

 僕は、台所の上の棚から小鍋を見つけると、その鍋に水を入れ火をかける。そして、茶碗に入ったご飯と冷蔵庫の中で見つけた「鰹だし三倍濃縮」を少しだけ小鍋に入れる。

 良い具合でぐつぐついってきたら、コンロの火を強火から中火にして、予め刻んでおいた小ネギとサイコロ状に切った豆腐を沸騰した鍋に入れる。段々といい匂いがして来た。

 僕は、白米が柔らかくなってきたところで、カップに卵を割り、菜箸でかき混ぜゆっくりと鍋の中に投入する。

 三回ほどかき混ぜたところで火を消し、後は蓋をしてゆっくりと蒸らすと、『超簡単!佑・特製おじや』が完成だ。


 僕は、白米が入っていた茶碗におじやを入れると、ソファーに横たわる彼女の所へ持って行った。


「簡単なものだけどおじやを作ったんだ。食べれそう?」

「うーん、無理かも…」

「でもね、少し無理をしてでも食べた方がいいよ。でないと薬も飲めないしね」

「はい、、。じゃあ、少しだけ…」


 そういうと彼女は、ソファーからフローリングの床にぺたりと腰を落とすと、小さなテーブルに置かれた茶碗を右手で持つと、左手に持った箸でゆっくりと食べ始めた。彼女、、左利きなのか?


「なに、これ、、。凄く美味しい!」


 さっきまで、ぐったりしていた彼女は、一口食べると急に箸を動かすスピードを上げ、そして、あっという間に茶碗一杯のおじやを完食した。


「ふぅ。絶対に食べれないと思ってたのに、食べちゃった。ごちそうさまでした」


 そう言って、彼女はまたソファーに横たわった。

 僕は、袋の中から彼女の薬を取り出すと「はい」と言って、彼女に渡す。


 彼女は、白い三つの錠剤をひとつづつ口に含むと、ペットボトルの水と一緒にゴクッと飲み干した。そして、「苦っー」と顔をしかめた。

 なんだか、こういう顔も可愛いな…。僕は、いつもは見ることが出来ない素の彼女の表情を見て心が和んでいた。


「ちょっと、こっちに顔を向けてくれる!?」


 僕は、病院の薬局で買った熱冷まシートを彼女のおでこに貼った。貼った瞬間、彼女は、「うー、、、冷たい」と言って肩をすぼめた。

 でも、これで、熱は少しは引くだろう。

 


 しばらく経つと、薬が効いてきたのだろうか?彼女は、ソファーの上で静かな寝息を立て始めた。


 狭い小さなソファーよりもベッドで寝た方がいいに決まっているが、流石にそこまでのお節介はやばいか…。

 でも、ここで寝かせたまま僕は、自分の部屋には帰るわけには行かない。

 僕は、勇気を絞り出して、彼女の脇から手を滑り込ませると、お姫様抱っこのような形で抱き上げ、壁際にあるシングルベットの上に彼女をゆっくりと寝かせると、掛け布団を胸の辺りまでかけた。


 僕は、茶碗や使った小鍋、まな板などを洗って水切りに置くと、彼女の鍵を持ち、自分の靴を履いて、音を立てないように外にでる。

 そして、彼女の鍵を使ってドアを閉めると、ドアの新聞受けからその鍵を滑り落とした。


「早く、良くなりますように…」


 

 彼女をしっかりと守らなければと気が張っていたのだろうか?

 実は、その夜、僕自身も熱が上がり、自分の部屋でうんうん唸ったことは、一生伏せておこう……。



To be continued…

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