第6話 偶然はまだまだ続く

 僕は、どうやら夏風邪を引いてしまったようだ。


 昨日、余りの暑さにクーラーを最強モードにしたまま、ついついうたた寝をしたのが原因だろうか?

 それとも、一昨日、大学院からの帰り際に突然降り出した雨に打たれたのが原因だろうか?

 いずれにせよ熱が三十八度弱というのは、やっぱりきつい。僕は、だるい身体にムチを打ちつつ、シャツとジーパンに着替えると、徒歩十分くらいにある市立病院に行くことにした。


 鍵を閉め、ちょっとふらふらしながら階段を慎重に降りて行く。

 今日、彼女はどうしているだろうか?


 あれから、彼女、宮畑木綿みやはたゆうとは、大学で会えば挨拶をするし、たまに夕御飯のお裾分けをするという感じだ。

 実は、彼女は昔から料理が苦手らしく、僕が持って行く料理を凄く喜んでくれる。その笑顔見たさに色々と言い訳を考えては、彼女に料理を持って行く僕は、もしかしたら、もう恋に落ちているのかもしれない。

 でも、今のままで充分満足だ。だから、このままでいいんだ…。



『お待たせしました。みやはたゆうさん、みやはたゆうさん、五番にお入りください』


 ここ市立病院は担当医師が五名おり、その医師が診療する部屋が五つある。

 僕は、呼ばれた五番の部屋に向かう。

 その時、、、


「ふぇっ!?宮畑さん?」

「はっ!?宮畑さん?」


 僕が五番の部屋のドアを開けようとしたところ、後ろから不意に名前を呼ばれた僕は、慌てて振り向いた。すると、そこには、真っ赤な顔をしたマスク姿の彼女が辛そうに立っていた。


「もしかして、、風邪を引いたとか?」

「どうやらそうみたいです。宮畑さんも?」

「うん。多分、一昨日の雨に打たれたのが原因かなって思ってるんだけど…」

「あっ、実は、私もそうなんです。あの日は本当に突然だったし……」


 彼女は僕よりもかなり辛そうだ。


『みやはたさん、五番にお入り下さい』


 もう一度言われてしまった。

 僕は、ドアを開けると、医師に向かって「あの、宮畑は男性ですか?女性ですか?」と尋ねる。すると、医師は、頭に大きなクエスチョンを置いたまま、「今、お呼びしたのは、みやはたゆうさんですよ」と言った。


「実は、同姓同名の人がここにいるんですよ」


 僕は、もう一度医師に向かって言葉を発した。

 すると、その医師は、モニターをじっと見つめて、「にんべんに右と書いてと呼ぶ宮畑さんの方だね」と言った。


「ごめん。呼ばれたのは、僕みたいだから先に行くね。宮畑さん、、、とても辛そうだよね。だったら、終わったら一緒に帰ろうよ。二人だったらタクシーで帰っても安いからさ」


 彼女は、ぼーっとした瞳を僕に向け、小さな声で呟いた。


「はい。そうしてもらったら嬉しいです。正直、歩いてここまで来るのはとてもきつかったんです」


 もしかして、熱は四十度近くあるのかもしれない。

 僕は、彼女を待合の椅子に座らせると、五番の部屋のドアをゆっくりと開けた。




「大丈夫?」


 彼女の診察が終わり、一緒に会計も済ませる。

 そして、隣の薬局で薬を受け取った僕の横には、今にも倒れそうな彼女が僕にぴったりとくっついている。

 よく、ここまで一人で歩いてきたなと改めて思う。彼女は思考も停止しているのではないかと思うくらい弱っていた。

 

「大丈夫ではないかも…。です…」


 小さな声を絞り出した彼女は、今にも倒れそうだ。

 タクシー乗り場には生憎、一台も停まっていない。僕らは、ベンチに腰掛けてタクシーが来るのを待った。


 彼女は、僕にもたれたまま目を閉じている。時折、『ゴホゴホ』と咳き込む時の苦しそうな顔がとても痛々しい。僕自身も熱はあるのだが、彼女よりは随分ましだ。だから、僕がしっかりしないと…。


 どれだけ待っただろうか、ロータリーに滑り込んで来たタクシーに彼女をゆっくりと押し込むと、車は、僕らの住む「髙科アパート」に向かった。


 混雑していた道路を避けるように裏道を走るタクシーは、あっという間に僕らのアパートへ到着した。支払を済ませた僕は、彼女をゆっくりと引っ張りながらタクシーから降ろす。そして、一の三号室の前まで、抱きかかえるようにして連れて行く。


「鍵は?」


 彼女は黙って、ショルダーバックを渡す。

ここから取ってくれということだろうか?女性のバックの中に手を入れるのは気が引けたが、そんなことは言っていられない。


 バックには化粧ポーチやスマホなどが入っていたが、小さなポケットの中にある鍵を見つけた僕は、ドアを開ける。


「さあ、家に帰ってきたよ。大丈夫?」


 さっきよりもぐったりしている彼女には返事をする力も無いようだ。

 僕は、彼女を玄関先に座らせると、スニーカーの紐を緩め靴を脱がした。そして、「お邪魔します」と呟くと、彼女を抱きかかえるようにして部屋に入った。


 初めて入った彼女の部屋。だが、ジロジロ見るなんて余裕はない。僕は、彼女を置かれていたソファーに座らせると、病院の自動販売機で買ったペットボトルの水を彼女に渡す。


「まずは、薬を飲まなきゃだめなんだけど、その前に何か食べなきゃね。ちょっと待ってて、僕が何か作ってくるから」


 そう言って、部屋を出ようとすると、彼女は「だめっ」と言って、僕のシャツの裾を掴んだ。

 僕が振り向くとそこには、大きな目で僕を見つめる彼女がいた。


「すごい心細いから少しでいいからここにいて…」


 僕は、言葉を無くしてただそこに突っ立っていた。




To be continued…



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