第2話 宛名はしっかり確認しましょう。

 あれからどれだけ経っただろう…。

 

 僕は、お得意の振り返りで、これまで起きた事を整理する。

 因みに、僕は、過去を振り返って反省したり、今後の行動についてシミュレーションする時間がとても好きなのだ。


 まず、今日から始まったゼミで、僕と同姓同名(呼び名だが)の女の子がいたこと、その子とは、ほんの少し話をしただけだが、黒髪ロングのスレンダーで、清楚っぽい感じだったような気がする。あっ、顔を覆い隠すような大きなメガネをしていたっけ…。

 で、僕は、大学院から自分のアパートの部屋に戻ってくるやいなや、宅急便のお兄さんから荷物を受け取る…。

 そこまでは、何も憂うことはないのだが、今回徹底的にやばいのは、その荷物は、僕のものではなく、あの宮畑木綿みやはたゆうという女の子のものであり、その荷物とは、どうやら彼女が買った下着だったという感じか…。


 やはり、冷静に振り返ってもかなりやばそうだ。

 でも、、まあ、ほんの少しだけ見ただけだから、きちんと状況を説明すれば許してくれるのではないだろうか?


 だが、、彼女宛の荷物を不可抗力とはいえ、勝手に開けてしまい、中身を取り出したことについては、流石に中身が中身だけに、、やばいかもしれない?

 何気にあのスレンダーの身体からしたら、わりかし大きいなカップ、薄いピンクの可愛いものだったというくらいだけしか見てないけど…って、バッチリ見てるじゃん!って、激しく自分に突っ込みを入れてしまった。


 『あー、どうしようかな……』


 日頃からの根性無しに加え、常にマイナス思考の僕は、結果的に自分で幸せを逃がしてしまっているのだろうと思う。

 だから、もっとポジティブに考えればきっと良いこともあるはず!!!


 ならば、この荷物をさくっと彼女の部屋に持っていき、「可愛い色だったね」なんて言えばいいのだろうか?

 

 いや、違う、、なんか違う、、、。

 いやいや、、絶対に違うだろっ!


 僕はいったい何をやらかそうとしていたんだろう?

 咄嗟に頭を出した冷静なもう一人の僕に感謝しなければならない……。


 という感じで、これからどうするかについて、あれこれとシミュレーションしていると、下の階の部屋に誰かが入った音がした。


 『もしかしたら、彼女かもしれない…』


 すぐに荷物を持っていこうか?いや、もう少し時間が経ってからがいいのか?そんなことを考えていたら、誰かが階段を上がってくる音が聞こえた。ヒールなのだろうか?『カンコンカン』といつもより少し甲高い音がしている。


 すると、その音は僕の部屋の前で止まった。

『はっ!?もしかして僕に用?』と思った瞬間、『ピンポーン』とチャイムが鳴った。


 僕は、裸足のままで、玄関に並ぶ靴の上に乗ると、ドアノブのロックを外し、ドアを開けた。


「はい。あっ!!君は…」


 ドアの向こうには、大学で会った時と同じ服のまま、少し重そうな荷物を持っている宮畑木綿みやはたゆうという例の女の子が立っていた。


「こんにちは。さっきは、あの、、色々とすみません」

「いやいや、だから君のせいではないってば。でも、まさか、宮畑さんが同じアパートとはね。正直、驚いたよ」

「ん?何故、私が同じアパートにいると?」

「いやいや、、それは、追々話していくから…。今の所は聞き流してくれ」


 やばい……。

 どうやって対応するかまだ全く結論が出ていない。少なくとも二百通りは考えたが、良い結果が出そうなものは全く考えつかない。


 挙動不審の僕を見ながら頭の上に大きなクエスチョンを乗せた彼女が言葉を発する。


「えっと、、宮畑くんは、いつから住んでいるんですか?」

「うん。僕は、大学に入ってからずっとここなんだ。宮畑さん、、君は?」

「私は、先月からこのアパートに引っ越してきて、、。実は、前に住んでたアパートが道の拡張工事にあたって、取り壊すことになっちゃって。時期的に物件も少なくて探すのは大変だったんだけど漸くここに落ち着いたという感じ…です」


 ちょっと高い声、、アニメ声っぽい感じでゆっくりと話す。しかも、ちょっと敬語が混ざる感じは、女性免疫がない僕をグサッとさせてしまいそうだった。

 だからだろうか、僕は、その声を聞いているだけで今までに無い癒やしを感じていた。

 彼女でもない女の子の声を聞いて、自分が癒やされるなんて正直あり得ない。

 僕は、気を引き締めるべく、ぎゅっと口を強く噛みしめる。


「あ、、ごめんなさい。これっ。宮畑さん宛ての荷物が何故か私のドアの前に置き配されてたようです」


 そう言いながら、彼女は『福岡なすび』と大きく文字が印刷されたダンボールを僕に渡す。受け取った僕は、思わず「重っ」と口に出す。


「こんなに重いものをごめん。今度もし宅配が間違ったら遠慮無く言って。僕が取りに行くから」

「はい。ありがとうございます。では、これで、、、」


 彼女が踵を返そうとした瞬間、、、


「キャァー!!!!!!!」


 彼女は、突然、思いっきり叫びながらヒール部分が少し高いオシャレなサンダルを脱いで僕の部屋へ上がり込んで来たのだ。

 そして、小さなダンボールを抱きしめると僕の方へ顔を向ける。


 僕は、金縛りにあったように突っ立っている。


「見た?見たの?もしかして、、見ました!?」

「いや、、、僕は、ちょっと開けただけで、、、」

「なんで、開けるんですか?なんでっ!!!」

「いや、、でも、宛の荷物って言われたら、そりゃ開けるだろ?」

「それはそうだ、、けど、、」

「大丈夫だって。淡いピンク色で可愛い感じのものしか見てない」

「ばかっーー!!!!!!」


 そういうと、彼女はその箱を抱えてあっという間に消えていった。


 ドアを飛び出す彼女を見ながら、僕は自分がミスったことに漸く気がついた。

 何故なら、、、彼女が抱えた箱には、しっかりと女性下着メーカーのブランドロゴがでかでかと印刷されていたのだ。


『あー、、普通に箱を見たら、開けたら駄目って気づいたはずだよな…。今度、彼女に謝らなきゃ…』


 頭がぐちゃぐちゃしたまま、しばらく突っ立っていた僕は、漸く我に返り、彼女が持って来た箱を開けることにした。


 それは、やはり、母からの荷物だった。

 

 箱の中は、福岡の色とりどりの新鮮野菜が所狭しと並んでいた。たまに母から送られてくる野菜やお米で僕がどれだけ助かっているか…。ほんとに感謝だ。

 僕は、料理が好きで自炊が苦にならないし、どうせ作るのならば美味しいものを作りたいと思っている。


 さあ、今日は、この野菜を使って、どんな料理を作ろうかな…。

 そうだ、、、美味しい料理を食べれば、先ほどの失敗が少しでも記憶から薄くならないだろうか…。


 まるまると太ったなすびの上に封筒が乗っているのを見つけた僕は、中から懐かしい母の筆跡の手紙を取り出した。


『あんたは、ほんとにそそっかしいから、何かするときは一度周りを見渡すこと、立ち上がる時は一度振り返ること、何か貰ったら宛名をしっかりと見ること!きばりんしゃい!!』


 あー、、、、このアドバイス、、もっと早く聞きたかったよ。

 恐らく、僕は、あの同じ名前の彼女から完全に嫌われてしまったと思う。

 同じアパートに住んでるのに、ほんと最悪だ…。



To be continued…



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