僕と彼女はいつも紛らわしい!!

かずみやゆうき

第一章

第1話 同姓同名

 大学院生になって初めてのゼミ。

 顔見知りがいないか見渡すが、残念ながら誰もいない。

 大学時代は、百人単位の授業が多く、群衆の中に紛れていれば良かったが、これからはそうはいかないようだ。

 十人程がノートを広げ既に授業の体制に入っている中、僕は空いていた最後尾の机に静かに座った。

 

 それにしてもどうにも落ち着かない。僕は、何度も唾を飲み込んだ。


 ドアが開くと教授が入って来た。

 大学院のパンフにも見開きページで掲載され、テレビにも良く出演しているオシャレな教授。

 実物は初めて見たが、テレビで見るよりも白髪が多いように見えた。


 教授は、持って来た鞄を椅子に置くと、中からパソコンを取り出し、電源を立ちあげた。


「皆さん、こんにちは。これから三年間よろしく。わからないことや納得がいかないことなどはそのままにせずに、遠慮無く言ってください。では、まずは、出席をとりますかね」


 教授はパソコンを見ながら次々と名前を読み上げていく。

 アイウエオ順だと次が僕の番だ。


宮畑みやはたさん」

「「はいっ」」


 ん?誰か、僕以外の人も返事をしたようだ。

 声の出た方に顔を向けると、肩まで伸びた黒髪と大きな眼鏡が特徴の女の子が、僕の方を見て、同じように驚いていた。


「同じ名前だったようだね。それでは、下の名前も読みましょう。えっと、宮畑佑みやはたゆうさん」


「「はいっ!」」


 はっ!?意味がわからない!!僕の名前が呼ばれたのに、またその彼女も返事をしたのだ。


 流石に教室もざわざわし出した。

 教授も驚いている。


「んー、、もしかして下の名前も一緒なのかなぁ。あっ、本当だ。男性の方はニンベンに右と書くゆうで、女性の方は、木綿もめんと書いてと読むんだね。そうかー、これは初めてだな。よし、こうしよう。これからは、男性の方を宮畑佑くん、そして、女性の方を宮畑さんにしよう。これでいいかな?」


「「はい」」


「はははっ、流石に、名前が一緒だから、返事のタイミングも一緒だね」

「「「ぶっ」」」


 ゼミのメンバーもついに吹き出したようだ。くそっー、超恥ずかしい、、。

 うけたと思ったのか、ちょっと嬉しそうに、教授は残りの生徒の名前をテンポ良く読み上げ始めた。



 最初の授業と言うこともあり、これからどんなことをして行くかという簡単な説明に加え、教授のYouTubeチャンネルにある動画を何本か見て、今日の授業は終わった。

 

 学生達が次々と教室を出て行く。

 僕は、『同姓同名事件』で、完全にペースを乱してしまい、頭がスムーズに動かない状態で約二時間の授業を過ごしてしまった。

 

 あー、ノートも少ししか取ってないし、ちょっと出遅れたかな……。

 僕は、机の上で、ぐでーっと横たわる。

 すると、僕の右腕にぽんぽんと何かがあたる気配がした。


『ん?』と見上げると、大きなメガネをかけた女の子が僕を凝視している。


「「宮畑さん!?」」


 あー、、、またハモってしまった。

 なんか、僕たちって、、、

 なんでなんだろう?(汗


「あの、、、今日は、なんというか、、、本当にごめんなさい」


 彼女は必死で頭を下げている。


「いや、、。君が謝る事じゃないでしょう?たまたま、名字と名前が同じだったということだからさ。でも、宮畑って言う名字も珍しいしでしょ!?だって、百均にも『宮畑』という印鑑はないしね。ところで宮畑さんは今までこういうことあった?」


 彼女は、左手の人差し指を自分のほっぺに当てると、「うーん」と唸った。


「やっぱり、ありませんね。名前の読みが同じってのは、何度かあったけど名字まで一緒ってのはないです」


 なんだか、声のトーンが高くて可愛い声だ。まるでアニメの声優さんみたいな感じかも。

 そして、変な表現だが、抱き締めると折れてしまうくらいの細さに加え、清楚な雰囲気が漂う。僕がいうのもなんだが、かなりレベルが高いのではないだろうか?

 でも、待てよ?小さな顔を覆い隠すような黒くて大きなメガネは流石に変な感じがするけど…。


 彼女をチラッと見つつ、色んな事を考えていた僕は、ちょっとどもりながら返事をする。


「だ、だよな。僕は、同じ名字の人に今まで出会った事がないから、今日は逆に新鮮だったよ」


 その時、隣にいたショートカットの女の子が声を出した。


木綿ゆう!!次行かないと間に合わないよ。急ごう!」


 そういうと、その子は、宮畑さんを引きずるようにして連れて行ってしまった。宮畑さんはまだ、僕に何か言いたそうだったが、まぁ、いいか、、、。



 大学での授業を終えた僕は、さっさとアパートに向かう。

 この四月から入会した写真同好会は、今日は部長の都合で休みだ。因みに、同好会といってもメンバーはたったの四人しかいないのだが…。

 ついでに、大学時代から週に二回勤めている小さな喫茶店でのバイトも今日は休みだ。

 だから、これからの時間は、全くフリーなので、読みかけの文庫本を心ゆくまで楽しめる。僕は、ウキウキしながら家に向かって歩いて行った。


 大学から徒歩十五分の川沿いにある古いアパートに着いた僕は、狭くて急な階段を登る。

 築年数はかなり経っているので、外観はとても汚いのだが、部屋の中はリフォームが数度されているらしく、とても綺麗で居心地が良いのだ。

 僕は、カバンから鍵を抜きとるとドアに差し込んだ。


 その時、『トントントン』と小気味の良い足音が聞こえた。


「えっと、二の三号室、、。すみません、さんでしょうか?」

「あっ、そうですけど」

「荷物をお届けにあがりました。はい、どうぞ。サインレスなので、印鑑は結構ですよ。えっと、着払いですね。八百八十円です」

「着払いですか?スイカとか使えますか?」

「はい。使えますよ。こちらの端末にかざしてください」


 僕は、差し出された端末にスマホを近づける。


『ピローン』


「はい。これ、領収書です。どうもありがとうございました」


 急いでいるのだろうか。

 宅配のお兄さんは、僕に荷物を預けると、また駆け足で階段を降りていった。


 僕は、靴を脱いで、八畳の部屋にカバンと受け取った荷物を降ろす。


『母さんがまた野菜を送ってくれたのかな。でも、その割には軽いし、しかも着払いは初めてだな……』


 何とも釈然としないまま、ガムテープで留められた箱をカッターで切っていく。箱を開けると、綺麗な包装紙で包まれたものが見えた。

 それを取り出し、ローテーブルの上に置いた僕は、その包装紙のセロテープを剥がしていく。


 そう、、その包装紙の中には、取れたての野菜ではなく、、、

 年頃の男性が見てはいけないもの、所謂、女性用の下着というものが綺麗に折りたたんであったのだ。


 僕は、慌てて、その少しピンクの可愛いらしい感じのを箱の中に無造作に戻す。


「な、、、なんだ。これ、、、いたずらか?僕の名前を使って必要無いものを送りつけているのだろうか?」


 僕は、こんな嫌がらせを受ける理由が過去にあったかどうか頭を巡らせる…。

 しかし、どんな方向性から推察してもそういう事案は一件も無い。


『そうだ。もしかして、送り先を見たら何かわかるかもしれない』


 僕は、カッターで半分が綺麗に切られた送り状をまじまじと見つめる。

 送り先は、僕でさえ知っている有名な女性下着メーカーのオンラインショップだった。


 で、お届け先の名前を見て、僕は固まってしまった。


 届け先の欄に記載されていたのは、『一の三号 宮畑木綿みやはたゆう』だった。しかも、『』とフリガナがしっかりと振ってある。


 あー、、、まさか、、、。

 あの宅配のお兄さん、部屋番号を間違って、僕に届けてしまったのか?名前が同じだったから疑いもせずに僕に荷物を渡したってことか…。


 もしかして、、、

 彼女は、、僕の真下に住んでいる?




To be continued…









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