第4歩 能力はたくさん

「今、すごいものを見たような」


 おじいさんが、赤ちゃんをベビーベッドで寝かせたと思ったら、なんと、腕立てを……。


「はあ、またやってるよ」


「え、青咲さん、この方とお知り合いですか」


「ああ、まあね。桃伽ももかの……いや、何というか、まあ知り合いだ」


「桃伽……さん?」


「いや、何でもない。直に会えるし、説明が面倒だ。複雑すぎて」


「そうなんですか」


「いや、複雑は言い過ぎかな」


 青咲さんは知り合いが多そうだから、きっとぼくの知り合いも増えるかもしれないな。ふと、おじいさんが映っている画面を観ながら……あれ?


「あれ、これ、パソコンじゃないですか。これ普通にカメラの映像ですよ?!」


「そうだ。能力の1つだ」


「いやいや、能力って」


「【パソコンでカメラの映像を映し出せる】というのも能力だよ、日雀君。誰にでも出来そうとか、勉強すれば誰でも出来るとか、そういうものができる、それだけで能力なのだよ」


「そんなドヤ顔で言われても」


 すごく大切な、とても良いことを聞いているはずなのに、ドヤ顔で台無しになっている。


「カメラって、これ多分赤ちゃんを見守るやつですよね。もしかして、この赤ちゃんは青咲さんの……」


「妹の子ども」


「青咲さん、姉妹だったんですね」


「姉妹というか、まあ、一応双子の姉妹ということになっているよ」


「微妙な言い方ですね。まあ色々ありますよ」


「そうだな。日雀君も振られたし」


「そこは触れないでっ」


「日雀君は、双子ワードに触れないんだな」


「はい。ぼくにも双子の兄妹がいるので、まったく気になりませんでした。あっ、一応やりますか?双g」


「ストップ」


「やらないですか。そうですか」


「そう拗ねるなよ、日雀君」


「別に拗ねてません」


 はあ。本当に、青咲さんといるとおしゃべりになる。なんか、嫌。何が嫌って、調子が狂うからさあ。だって、ぼくの能力、感覚系なのに、まったく能力使えないんだもん。


「日雀君、顔に全部出てるぞ。いいことじゃないか。彼女というかとしか話せてなかったんだろう?」


「もっ、もっ、元カノ!?」


「もう吹っ切れてそうなのに、まだ未練があるのか」


「ありすぎです」


「そうか。なら、気分転換に、この人に会いに行くか」


「青咲さん……!」


「きっと、この人なら、検証に協力してくれるさ」


「なんだ。お仕事ですか。優しくしてくれたと思ったのに」


「ん?」


「なんでもないですっ」







 優しいのか、優しくないのか、なんだかよくわからない人だ。青咲さんは、しぶしぶ顔のぼくを公園に連れて行った。そう、昨日も来た公園。第1歩の公園。青咲さんが言うには、この公園は、さっきのおじいさんの犬の散歩コースらしい。赤ちゃんと一緒にやって来るみたい。


「そろそろですかね」


「ああ、そうだね。あっあれじゃないかな」


 青咲さんが指差した方向を見ると、赤ちゃんを抱っこして、犬の散歩をしている人がいた。若干、大股歩きなのが気になったけど、あれはきっと、さっきのおじいさんなのだろう。


「そういえば、あの方の名前って」


白腹しろはらだ」


「白腹さん。……というか、青咲さんって歳上でもさん付けしないんですね」


「私の歳を知らない日雀君。私が彼より歳下だと思うか?」


「明らかに……」


「まあそうだな。どちらにせよ、彼は特別呼び捨てだ」


 なんで嬉しそうなのかはよく分からないが、青咲さんと白腹さんは近しい関係らしい。青咲さんが白腹さんに手を振ると、白腹さんは驚いた顔をしてこちらに向かって来た。


「おっお嬢!」


「ふえっ?!お嬢……?!」


「白腹さん、どうも」


「えっ?青咲さん、さっきと違u……うぐっ」


「日雀君、うるさい」


 なぜか青咲さんに口を塞がれ、怒られてしまった。青咲さんがまともに対応している。大人な対応をしている!


「お嬢、お久しぶり。そちらの方は、お嬢の知り合い?」


「そうですよ。日雀風吹君です。私の助手で」


「そっかそっか。初めまして、日雀風吹さん。白腹です。お嬢には大変お世話になってまして。助手さんなら、またお会いするかもしれませんね。よろしく」


「あっはい!日雀です。ぼくも青咲さんに昨日からお世話になったり、なられたりで」


 少し声が上擦ってしまった。近くに来ると、確信する。ああ、そうなのかな、そうなんだろうな、あっやっぱりそうだ。イケオジだ。すごい。実在するイケオジに会えた。


「そうですか。相変わらずのようだね」


「まあ、そうですね。それより、桃伽は?」


「ああ!桃伽ちゃんは、もうすぐこちらに。この子を迎えに来るよ」


「そうですか」


「待ち合わせてるんですね」


「そうなんだよ。今日は、桃伽ちゃん朝早くから用事があったみたいで、すぐに外出したから、構ってもらえなかったんだ。早く会いたいんだけど、まだ時間がかかるみたいだからさ。あっそうだ!桃伽ちゃんが来るまで、お話しようよ。久しぶりに会えたんだし、お嬢とも仲良くしたいって思ってるんだ。なかなか——」


「白腹さん、ストップ。話が長い。相変わらずなのは、白腹さんも同じじゃないか」


「あれ、そう?」


 白腹さんは、かなり行を使うなあ。なんか、どこかで会ったことがあるような、そんな感じがして、白腹さんとは仲良くなれそうな気がする。イケオジだし。


「白腹さん。ぼく、最近、青咲さんのお手伝いで運動を始めたんです。白腹さんが筋トレをやっているのを見……いや、青咲さんに聞いたんですけど、よかったらぼくに教えてくれませんか?」


「おー!それなら、僕に任せてよ」


 そう言うと、白腹さんは着ていたシャツを脱ぎ、半裸になった。


「「わお……」」


 素人でも分かる、素晴らしい肉体美で、なんというか、こういうのを"仕上がっている"と言うのだろう。


「すごいですね」


「まあちょっとね。この子のお世話したいし、桃伽ちゃんの役に立ちたくて、筋トレしてたらこうなった」


「白腹さん。もういいです。服着て。すぐ風邪をひくような人が服脱がないでください」


「お嬢!心配してくれてるの?」


「違っ。まったく、調子が狂う」


 青咲さんのキャラが薄くなっている気がする。でも、青咲さんは、白腹さんに会ってから、ずっと嬉しそうだ。


「そういえば、白腹さんと桃伽さんの関係って……」


 何ですか?と聞く前に、遠くからおーいと言う声がした。


「あっ来た来た!おーい桃伽ちゃーん!」


「あっ白腹さーん!」


 遠距離恋愛をしているカップルのようだ。桃伽さんは大きく手を振り、走ってこちらまで来た。そして————


「うぎゃっ」


 白腹さんに抱きついた。あれ、なんかこの光景どこかで見たことある。あっ柄長さんと……。


「ゔっ」


「大丈夫か、日雀君。ダメージを受けたのか。でも、日雀君。恋人がいなくたって、リア充にはなれる」


「慰めてます?いや、その顔は慰めてませんね」


「ふふっ」


 にやにやしながら、青咲さんは、ぼくの肩をぽんぽんした。


「桃伽。このダメージを受けた日雀君に、君たちの関係を説明してやってくれ」


「あっ、一伽ちゃんと風吹ちゃんじゃん」


 ん?風吹ちゃん?


「桃伽。ちゃんより君だな」


「あっ。風吹君!久しぶ……じゃなくて、初めまして。一伽ちゃんの妹で、白腹さんの……なんだ?」


「桃伽ちゃん。恋人でしょ」


「うーん。恋人っていうか、何だろうね」


「えっ?!?!」


 物凄く曖昧で、白腹さんがしょんぼりしている。


「あっ、どうも、初めまして。日雀です。お姉さんには最近お世話に……」


「あっやばい。こんな時間。あっごめん風吹君。また今度ね。白腹さん、赤ちゃんありがとう。また連絡するっ!」


 あっ、一伽ちゃんばいばーいと、もうすでに遠くの方に行ってしまった桃伽さんは、大きな声で挨拶して帰って行った。


「あっ行っちゃった」


「そういうやつなんだ」


「桃伽ちゃん……」


 寂しそうな白腹さんに、今度はぼくが肩をぽんぽんした。今にも泣き出しそうな白腹さんを見て、つい頭をぽんぽんしようとしてしまったが、誰かに先を越された。可愛いおててで白腹さんの頭にお手をした柴犬。


「コジュ……慰めてくれるの?」


「わふっ」


「優しぃ……!」


 こんなにしっかりした犬、見たことない。犬にほっぺすりすりしすぎて、少し嫌な顔をされているイケオジも見たことない。


「まったく、白腹さん。そんなに一緒にいたいなら、一緒に桃伽の家に帰ったらいいじゃないか」


「あ、そっか。そうだね。よし、お嬢、コジュ、風吹君、行こう」


「あっ待って」


 勢いよく言った割に、スローペースで走る白腹さんとコジュの後ろを青咲さんとぼくはゆっくりついて行った。まだ青咲さんと出会って2日目なのに、色々な人と会う。色々ありすぎて、彼女のこと吹っ切れるかもしれない。


「まあ、そのうち新しい恋人ができるさ、自堕落ボーイ君」


「なっ!青咲さん、心読める系ないですよね。何でわかったんですか」


「顔に出てたから」


「うっ。そうですか」


 調子が出てきた青咲さんは、ぼくの斜め後ろでにやにやしながら小走りした。少しスキップしていたような気がする。

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