第3歩 彼女の忘れ物

 スーパーを出て、柄長さんとぼくは、夕日をバックに達成感を感じていた。最近、寝てばかりで、この感じを忘れていた。というか、学生以来だろうか。苦手な教科の勉強をたくさんして、なんとかテストの日にすべてを出し切った達成感。そのテストが赤点ギリギリで、安心した時の達成感。部活の大会で、怪我をしながら1点を勝ち取った達成感。まあ、結局その時の試合は負けた気がするけど、思い出にできた達成感。疲れたけど、テンションが上がりっぱなしで、久しぶりに楽しい。


「日雀君、楽しそうで何より」


 青咲さんは、そう言って自分の家に帰って行った。とりあえず、検証は終わったらしい。


「あれ、いいの?青咲さん帰っちゃったけど」


「え?」


「検証って買い物ついでだったんでしょ?」


「あっ!青咲さん、喉が渇いたって言ってたのに……」


 すっかり忘れていた。飲み物を買ったのに、青咲さんに渡すのを忘れてしまった。そういえば、スーパーで商品を選んでいる時、青咲さんが何を飲みたいのか分からなくて、飲んだことがないようなものまでカゴに入れたのだ。まあ、今度来た時に飲んでくれるかな。







 柄長さんと、疲れただの、足がつりそうだのと話しながら帰った。アパートの部屋の前まで来て、柄長さんにお礼をした。連れ回してしまったし、きっと柚葉さん、心配しただろうな。掃除って言っても1時間ぐらいで終わるだろうし。あっ、でも、いつも外に出されるということは、柚葉さんは掃除が日課なのか。じゃあ、柄長さん、もうお家に入れるかな。


「柚葉さん、掃除終わりましたかね」


「うーん。どうだろうね」


 曖昧な返事をした柄長さんは、インターホンを押したり、スマホでメッセージを送ったりしたが、反応がないらしく、少し寂しそうな顔をして、「頑張りすぎてるのかも」と言った。なんだか、飼い主と会えなくて寂しがっている仔犬みたいで、ほっとけなかったぼくは部屋に誘った。


「柄長さん、よければぼくの家にいますか?少し時間を置いたら柚葉さんも気がつきますよ」


 柄長さんは、少し困った顔をした。


「ありがとう、風吹くん。でも、もう少ししたら気づいてくれるかもしれないから、待ってるよ」


 そう言って、柄長さんは、今日会った時のような体育座りスタイルで柚葉さんを待つことにした。あっ、また犬に戻ったと思ったのは内緒である。また一緒に検証しましょうと声をかけ、ぼくは鍵を開けて部屋に入った。


「はあ。なんだか今日は、色々なことがありすぎる」


 少し横になって、床に置いた買い物袋を眺めた。本当は、眺めている場合じゃないのだが、彼女がいたら、やってくれたんだろうな、なんて思ってしまったから、自分の自堕落さに少し気づけた気がした。よっこいせっと立ち上がり、買い物袋に入った飲み物や食材を冷蔵庫にしまった。飲み物ばかり入っていて、異様だなと思いつつ、久しぶりの夕食作りを始めた。夕食作りと言っても、何も見ずに作れるのはお粥ぐらいで、疲れている時に作れそうなのも、疲れている胃にちょうどいいのもお粥だろう。はあ、なんでお惣菜買ってこなかったんだろう。


「あー、面倒だな。誰か代わりにやってk————」


「ぎゃあーーーーーーーー!」


「!?!?!?!?」


 なっ、なっ、なんだ。外から悲鳴が聞こえた。外に出て見たほうが状況を把握しやすい。でも、不審者だったら、武器を持っているかもしれない。何か、何かいいもの……あっバケツ。


「バケツ……」


 彼女が使ってたバケツ。盾にはなるよな。ぼくは、バケツを持ち、いや、構えて、外に飛び出した。


「どうしたんですか?!」


「「あっ………………」」


 あっ。なんか、違う。思ってたのと違うな。


「柄長さんと、柚葉さん……?何してんすか、こんなとこで」


 外にいたのは、不審者でも虫でもなく、困った顔をしつつも嬉しそうな柄長さんと、その柄長さんに抱きついた格好をした柚葉さんだった————







 やっと次の日になった。昨日は、あれから柄長さんにちょっとした惚気話を聞かされ、気が滅入りそうだった。昨日、柚葉さんが柄長さんに抱きついていたのは、ぼくの悪夢ではなく、事実らしかった。ぼくが部屋の中で悶々としていた時、柄長さんは、やっと柚葉さんに気づいてもらえたらしい。でも、柚葉さんがいつまで経っても柄長さんのアクションに反応しなかったのは、熟睡しすぎていたからだった。寝ぼけた柚葉さんは、何か買いたいなと思い、コンビニに行こうと玄関のドアを開けて、ようやく柄長さんに気づき悲鳴を上げたのだ。それにしても、よく寝続けられるよなあ。相当疲れていたんだろうな。まあ、週の真ん中だったし、仕事帰りで掃除したらそうなるか。


「なんて言うか、面白い夫婦」


 そんなことを思って、青咲さんのことを思い出した。そういえば昨日、青咲さんはいつ来るとか何も言わずに帰ってしまった。ぼく、今日どうすればいいんだろう。なんだかそわそわしてきた。少し部屋をうろつきながら、そわそわし続けていたら、インターホンが鳴った。


「はーい」


 部屋から声を出して、玄関の方に向かおうとしたら、勝手にドアが開いた。


「なっ!?」


「日雀君、おはよう」


 恐ろしい登場の仕方だった。


「青咲さん。昨日も思ったんですけど、ぼくの家の鍵を持ってないのに、なぜ入って来れるんですか」


「まあ、能力なんじゃないか?」


「青咲さんの能力って、いつから【どこの家の鍵でも開けられる】になったんですか」


「能力は皆、1つしか持っていないなんて、誰も言ってないぞ日雀君」


「そうですけど、『能力なんじゃないか?』は、能力じゃないでしょ」


「全然似てない」


「ものまねはしてません」


 青咲さんが来ると、ぼくはおしゃべりになってしまう。まだ朝だけど、もう疲れそう。だって一昨日まで引きこもりだったんだもん!


「はあ、それで、今日は何ですか?検証ですか?」


「ああ、そうだ。昨日に引き続き、よろしく頼む」


「今日は、どんな内容ですか」


「決めてない。これから考える。朝ごはんでも食べながら、私の能力で、生活をバンバン覗いていこう」


「バンバンは、やめた方が……。というか、朝ごはんって何ですか。ぼくに作れと」


「そうだ。うーん、フレンチトーストがいいんだが」


「ああ、それなら彼女が作り置き……あっ怖!!そんなことまで知ってるんですか。唯一彼女が置いていってくれたってことも、まっまさか結構美味しいことも!?」


「うるさいな日雀君。早く作ってくれ。私は能力を使うから、忙しいんだ」


「そうですか。分かりましたよ。まあ、焼くだけだからいいですけど」


 文句を言いながら、朝ごはん係を引き受けてしまった。彼女のフレンチトースト、めちゃくちゃ美味しいから、少し食べさせたくない気もするけど、ぼくにはそうする資格がないような気もする。







 いい感じに焼き上がり、お皿に盛って机に運んだ。なぜかコーヒーカップが2つ机に置いてあり、中にいい匂いのコーヒーが淹れてあった。


「あれ、青咲さん、コーヒー淹れてくれたんですか?」


「朝はコーヒー派でね」


「そうですか。ありがとうございます」


「ああ、たくさん飲んでくれ」


 青咲さんの行動は理解できないけど、まあ優しい人なんだろうなと思った。でも、コーヒーってインスタントでもドリップでも、時間かかるよね。どうやって淹れたんだろう。淹れた時のいい匂いもしなかったし。まあ、聞いても、かわされそうだけど。


「日雀君、じゃあ早速、どっかの誰かさんの生活を覗こう」


「どっかの誰かさん」


「あー、この人はどうだろう」


 青咲さんが見つけた人は、赤ちゃんをおんぶしたおじいさんだった。この赤ちゃんはお孫さんだろうか。なんだか楽しそうで、少し羨ましくなった。誰かと一緒に過ごせるというのは、かなり心が救われるものだ。どんな形でも。


「いい家族ですね、青咲さん」


「そうだな」


「あれ、このおじいさん何してるんですかね。なんかうつ伏せで……なんだとっ!?!?」


「「腕立て……」」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る