第2歩 自堕落さんのお隣さん

「おー。これはすごいなあ」


「楽しんでますね。……はあ。ぼくは、この不法侵入者にどう対処すればいいんですかね?」


 勝手にぼくの部屋に入るなり、悲惨な部屋の物色を始めたこの人は、青咲一伽さん。そういえば、どうやって部屋に鍵なしで入ったのだろう。……そして、ぼくに仕事をさせようとしてくる謎な人だ。


「なあ、日雀君。喉が渇いたな」


「まったく。自由な人ですね」


 ぼくはキッチンに向かい冷蔵庫を開けた。開けたのだが————


「ないっ!あれ、なんも無い。この前まで冷蔵庫いっぱいいっぱいだったのに」


「ははっ日雀君。彼女が全部持って行ってたじゃないか」


「あっ……」


 そういえば、彼女は大きな荷物を持って出て行った。そうか、あの荷物の多さは……。あれ?そのことを知っていたのに、なんで飲み物欲しいって言ったんだ?


「青咲さん。知ってて飲み物が欲しいって言うなんて、意地悪さんですね」


「ん?私は喉が渇いた、としか言っていないよ。一緒に買いに行こうかなと思ったんだ」


「あっそうだったんですか」


 なんだ。てっきり、意地悪言って楽しんでいるのかと思った。まあ、買いに行けと言われるよりはいいか。


「じゃあ、青咲さん。飲み物買いに行きましょう。ついでに買い物もいいですか?」


「ああ、もちろんいいよ」


 なんか、青咲さんが初めてまともに話を聞いてくれたような気がする。そわそわしながら、エコバッグを持って外に出ようとしたら、外から「ちょっと外出ててね」と言う声が聞こえた。隣のご夫婦だろうか。玄関のドアを開け、青咲さんと外に出ると、隣の玄関の前で旦那さんらしき人が体育座りをしていた。なんだか…………


「犬みたいだな」


 青咲さーーーーーーん!


「何言ってるんですか。すいません、柄長えながさん」


「あっ風吹くん!久しぶりだね」


「あれ、日雀君の知り合いなのか」


「はい。柄長さんは、ぼくがこのアパートに引っ越してきてから、色々とお世話になっているんです」


「なるほど」


「柄長さん、そんなところで何してるんですか?」


 柄長さんは立ち上がって、


「いやー、風吹くんにこんなところ見られちゃうなんて恥ずかしいな。柚葉ゆずはちゃんに追い出されちゃってさ。ま、いつもの事なんだけどね」


 と、嬉しそうに言った。喧嘩ではなさそうだ。でも、いつも体育座りで外に居たとは。まったく知らなかった。


「柄長さん、何かやらかした?」


「ううん。怒らせちゃったわけじゃなくてね。掃除の時間は、役に立たないって外に出されちゃうんだ。僕がいると、効率が悪くなるみたい。柚葉ちゃん綺麗好きだからさ」


 話を聞いていた青咲さんは、少し、にやっと笑って質問した。


「もしかして、柚葉君の能力は洗脳系なのかな?それとも、君が服じゅu」


「ストップ、青咲さん!誰もが常に能力を使っている訳じゃないんですから」


「だとしたら、柄長君は君と同種か?いわゆる」


「ニートだね」


 なぜか柄長さんは、にこにこしながら言った。確かにいつもにこにこしているけど、楽しそうにニートと言われると、ぼくの未来も明るいかなって思えてきた。


「自覚しているとは、素晴らしいじゃないか!暇なら、柚葉君の掃除が終わるまで、日雀君とお仕事しないか?」







 なぜか、ぼくが仕事を引き受けた感じになっているが、柄長さんと一緒なら面白いかもしれない。青咲さんが、まずは買い物に行こうと言うので、近くのスーパーに行った。柄長さんとは話す機会が多いのに、出かけたことはなかった。青咲さんとは今日が初めましてだし、何だか不思議だ。

 スーパーに到着して、早速飲み物のコーナーに行こうとしたら青咲さんに止められた。


「普通に買い物をするのもいいが、せっかくだからお仕事もしようじゃないか」


「ここでですか?」


「君たちニート、いや、引きこもりたちには涼しくて、何かのついでにやる運動の方がやりやすいだろう」


「あっそういえば、お仕事ってどんなことするの?」


「健康に生活するための情報を得て、それを検証するんだ。例えば、生活の中で取り入れやすい運動、栄養バランスを考えた食事などだ。実際に君たちがやったことを私が上に報告して、情報発信してもらうんだ」


「青咲さんって、会社勤めだったんですか?てっきり、検証結果を自分で発信してるのかと」


「まあ、自分ですべてやるのもいいが、忙しくなるのは嫌だからね。人に頼っている」


「なるほど。それで、ぼくたちは何の検証からすればいいんですか?」


「僕にもできることかな?」


 青咲さんは、また、にやっと笑って、


「ああ、できるさ。体力があれば、いつまでも続けられる」


 と言った。検証って聞いただけだと簡単そうに思えるけど、なんかさ、いつまでもとか言ってる時点で、やばそうだよね?え、大丈夫かな。


「よし、じゃあまずは、店内を歩きで一周して来てくれ。まだ、商品はカゴに入れないでおいてくれ」


「了解です」


「よし、行こっか風吹くん」


 柄長さんとゆっくり店内を歩いた。もっと、こう、何て言うか、息切れするようなことを想像していたけど、これならぼくにも続けられそうだ。この野菜がお買い得だね、この商品新作出てますねなどと話しながら一周した。


「とりあえず涼めたかな。次は、何を買うか、歩いたり早歩きをしたりしながら、店内を見て回ってくれ。ひと通り買うものが決まったら、カゴに入れて大丈夫だ。競歩の選手のように、綺麗なフォームで頼むよ」







 言われた通り、2人で歩いたり早歩きをしたりしながら店内をあっちだこっちだしていたのだが——


「ううっ。疲れた」


「こっちも限界だよ。足がガクガクする」


 引きこもりには、限界だった。


「お疲れさん。思った以上に長くやってくれたんだね。多分、10周だ。良い検証だったよ」


「それは、よかったです。ちょっとやり過ぎた」


「お役に立ててよかった。確かに、良い運動になったよ。スーパーでも体力づくりができるんだね」


「おお!分かってくれてよかった。運動していない人でも、少しはやる気になるだろう?買い物ついでに早歩きするだけだ。まあ、君たちみたいに、たくさんやらなくてもいいんだ。買い物前に、商品を見ながら1、2周やるだけでも運動になる」


 そう言って、ぼくの手から買い物カゴを取って、レジに向かった青咲さん。優しいところもあるんだな。ちょっとは見直した。柄長さんとスーパーを出ようとしたら、青咲さんに呼び止められた。


「どうしましたか」


「ごめんよ、日雀君!財布を忘れた」


 やっぱり、青咲さんは、青咲さんなのだ。

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