自堕落さんのお手伝い

尾長律季

探し人は自堕落さん

第1歩 パートナーの自堕落さん

 何度も起こされた気がした。誰かがぼくの身体を揺らしてくる。


「ちょっと、いい加減起きてくれる?」


 本当に起こされていた。彼女がぼくを起こすなんて珍しい。目を擦りながら身体を起こし、ぼくは彼女の方を向いた。


「んー。……どうしたの」


「どうしたのって。はあ。見ればわかるでしょ」


「見ればって言われても……。あっなんか大きい荷物だね、それ」


 ため息をつきながら彼女はキッチンに向かった。


「あんた、どうせならそういう時に能力使いなさいよ、ちょっとぐらい。付き合ってから、まったく使わなくなったし、どうせ使う価値もないとか思ってんでしょ。いいわよ別に、もう別れるし、会わないし」


 どこから持ってきたのか、大きなバケツに水をたくさん入れ、ぼくの方まで持ってきた。今まで見たことないような顔をしていた。


「……でも、最後くらいいいよね。今までのストレスぶつけてやる!」


「え、何。何するの?!」


 バッシャーン。こんな感じだろうか。起き抜けに、水をかけられた擬音というのは。


「なっなっ!」


「ふん。スッキリしたから、しょうがない。許してあげる。楽しかったのは最初だけ。もう、関わらないでよね自堕落ボーイ。一生ベッドと仲良くしてろ」


 なんだかスッキリした清々しい顔で、ぼくの部屋から彼女は出て行った。自堕落ボーイって何だろう。

 くしゃみをするまで、ぼーっとしてしまった。まあ、水に濡れてびしょびしょで、くしゃみをするまで時間はかからなかったけど。ようやく起きた感じがする。ベッドも服もぼくも、仲良くびしょびしょ。最近家から出てなかったから、乾かすのも億劫だ。とりあえず、マットレスやらタオルケットやらを外に干した。ミンミンとセミが鳴いてる季節なら、あっという間にすぐ乾く。後は、服とぼくを乾かそう。洗濯物が増えるのはごめんだな。


「日向ぼっこに行くか」







 近くというより近所の公園。ぼくのアパートの目の前の実り公園に行った。よく乾きそうな場所にベンチがある。そこに座って、運動会を思い出す雲がない空を見上げた。そういえば、ぼくの彼女は歴代足が速かった。歴代と言ってもそんなにいない。にー、しー、ろー、……。いや、今の彼女としかちゃんと付き合えなかったかな。あ、もう元になっちゃったのか。ぼくの能力、割と恋愛に向いているはずなんだけどな。やっぱり、彼女とまだ一緒にいたい。もう遅いのだろうか。

 ふと、スマホを取り出してみた。スマホは無事だったようだ。彼女に、もう一度話をしたいと文章を打ってみた。まだ送っていない。そういえば、彼女は別れる前提で出て行った。前日に喧嘩をしたわけではないのに。そうだ、理由を聞こう。理由を知らずに別れるなんてできない。まだ、やり直せるかも。さっき打った文字を削除し、別れたい理由が知りたいと送ってみた。すぐに返事が来た。


『さっきも言ったでしょ。自堕落すぎる生活してるあんたと一緒に居ても楽しくないの』


「うっ」


 楽しくなかったのか。でも、自堕落が理由なら、まだ、まだ大丈夫かもしれない。ぼくの能力使って————


『どうせ能力使おうとしてるんでしょ。もう連絡してこないで』


 きっぱり言われたら、能力ありでも難しい。ぼくの【相手に上手く合わせる】能力を使っても話を聞いてくれない気がする。気がするって、彼女の気持ちなんか分かるわけがない。彼女のことを気にかけてあげられなかったのだから。彼女に甘えて、ぼくは、いつの間にかダメな人間に————


「はっなんで。なんで泣いてんだぼく」


 なんだか、情けない。最低なことをしてたんだな。あの時の顔、水をかける前の呆れた顔。あれは、今までに見たことがない、他人行儀な顔だった。泣きながら、ベンチで横になり、彼女の笑った顔を思い浮かべながら謝り、そして寝た。







 どのくらい時間が経ったのか、辺りは暗く……というか見えない。何かが顔に乗っかっている。


「んーー!んー!」


「あっ起きたのか」


 すぐ側で女性の声がした。その女性は、ぼくの顔に乗っかっていた何かを抱えた。一気に視界が明るくなり、手で目を覆っていると、彼女は何かを抱えながら、ぼくの近くに来てぼくのスマホをお腹に置いた。


「君のスマホに私の連絡先を入れておいたよ。これから、君には色々と手伝ってもらうし、連絡手段が必要になってくるからね。この子も君を気に入ったようだし」


 にゃーと鳴き声が聞こえた。


「よかったじゃないか、日雀風吹ひがら ふぶきくん」


 ようやく視界が良くなった。あれ。今この人、ぼくの名前言った気がする。女性の方を見ると、全く知らない人だった。


「あの。人違いだと思います。ぼく、あなたのこと知らないし」


「あ、うん。そうだね。私は青咲一伽あおさき いちかだ。これからよろしく日雀君」


「いや、そうじゃなくて、あれ。なんでぼくの名前知ってるんですか」


「ああ、それはね、私の能力が【相手の生活を覗く】だからね。容易い」


「なるほど。いや、なるほどじゃない!怖っ!怖いですよ。なんですかそれ」


「まあ、勝手に見た事は謝るが、なかなか面白かった。彼女に振られた悲劇のヒーロー。特に、自堕落ボーイ。彼女は、ネーミングセンスが独特だね。ダメダメさが伝わってくるよ」


「なっ」


「いいじゃないか。少しからかってみただけだ。それで本題なんだが」


「違う違う。本題じゃなくて、え?なんでぼく?関係ないのに。何なんですか。冷やかしですか。どっか行ってください。今そんな気分じゃないですし、1人にさせてください」


「どうせまた、引きこもるんだろう?日雀君。君は、引きこもる天才だ。そんなやつなかなかいない。君にしかできない仕事だ。どうせ、引きこもるなら、私の役に立ちたまえ」


「どうせどうせってうるさいですよ!引きこもる天才じゃないですし、やめてください。……でも、仕事なんですか。詳細くらいは聞いてもいいですけど」


「ほう。詳細か。君の仕事は私の能力を使って色々な人の生活を見ることだ」


「なっ!ぼくにまでストーカーみたいなことをさせるんですか?!」


「話を最後まで聞きたまえ自堕落ボーイ・日雀君」


「そんな名前じゃないですっ」


「色々な人の生活から健康に生活するヒントを得て、それを検証してもらう。まあ、検証はできる範囲からで構わない。どうだ、悪くないだろ。引きこもりにピッタリだ。君は、引きこもってゲームもしない、漫画も読まない、携帯も見ない、本当の引きこもりだ。こんなに忙しくない引きこもりは他に知らない。君にしかできない。やってくれるね?」


「なんか、ダメダメなやつみたいじゃないですか」


「何か間違っているのか?」


「確かに、間違ってはいないですけど」


「なら、いいじゃないか。決まりだ。早速、君の家にお邪魔させてもらおうか。日雀君。案内してくれ」


「ちょっと、勝手に話を進めないでください。あっ勝手に入ろうとしないで!」



 話を聞かない謎な女性との出会い。ぼくは、この先、何をさせられるんだろう。

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