Day29 揃える

 朝から、真衣が母に前髪を揃えてもらっていた。

「お姉ちゃんもちっちゃい時は、お母さんにこうやって前髪切ってもらってたのよ」

「そうなの?」

 姿見の前に新聞紙を敷いて、その上に置かれた丸椅子に珍しく大人しく座る真衣はどこか嬉しそうだった。

 居間のちゃぶ台から頬杖をついてその様子を見ていた私は思い出す。真衣より幼い頃、私も前髪を切り揃えてもらっていた。幼稚園を卒園するくらいまではああして母にお世話になっていたように思う。というのも、私は真衣と同程度かそれ以上に落ち着きがなかったから、美容院で切ってもらうわけにはいかなかったのだ。

 少し前にも思ったことが、それくらいの頃は見る物全てが輝いていて、毎日が楽しかった。いつから希死念慮なんて抱くようになったのだろう。

 何も考えず、無邪気に生きれば楽で楽しいことは分かっている。しかし、その『無邪気』というのが何だったか、忘れてしまっているのだ。

 ただ流されながら生きて、『終わり』を迎えられる時を待つ。随分つまらない人間になってしまったな、と思う。

「お姉ちゃんと一緒、嬉しい!」

 真衣は床に届かない足をバタバタと揺らしながら言った。

 そんなつまらない人間にも求めてくれる人はいるらしい。嬉しいことだが、それは疑問でもある。

 真衣には私がどのように見えているのだろう。

「……よかったね」

 上機嫌の真衣に私はそう返した。

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