Day6 筆
祖父が裏山から笹を切り取ってきたらしい。真衣がそう言うから玄関へ出てみると、そこには立派な笹が立てかけてあった。
「明日は七夕やでな」
そう言って弱々しく笑う祖父。気分はまだ暗いのだろうが、健気に振る舞おうとするのが分かった。それがどこか、痛々しく感じられる。
土間には飾りや短冊が用意されていた。どうやら真衣が祖父に頼まれて作ったのだという。不恰好なお飾りだが、丹精込めて作られたのだな、ということは十分に伝わってきた。
笹を縁側へ移動させて、筆を使って短冊に願い事を書く。
こんなことするのは何年ぶりだろう。特に願いもなかった私は、母が筆でさらさらと短冊に文字を連ねていく様を眺めていた。
母は祖母に似て字が上手だ。祖母は書道の先生だったから、その娘が達筆なのは頷ける。
『みんなが幸せでありますように』
母は墨痕鮮やかにそう書き終えた。
一方の真衣は、テストで満点を取れるように願っていた。アンバランスな字からは愛らしさが感じられる。
……さて、私は何て書こう。しばらく考えてから筆を取り、短冊にさらさらと書いていく。
『「終わり」の正体がわかりますように』
今の私の中で大きな謎になっている物事の『終わり』。この正体が少しでも分かればいいな、と思い書いてみたのだが、なんだか急に恥ずかしくなって、墨の乾かぬうちに丸めてしまった。
新しく手元にきた短冊には、『平和が訪れますように』と書いた。
丸めた短冊は誰にも見つからぬよう、ポケットの中にしまっておいた。
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