腕輪の強化

「………」



 ドアをそっと閉めた拓也は、そのまま閉めたドアに寄りかかった。

 その瞬間に口から零れたのは、深い溜め息。



 ―――気を遣われた。



 水くらい、実は普段なら自分で用意する。

 実はこちらの気持ちをおもんぱかって、あえて自分を部屋から追い出したのだ。



 相談があると実を呼んでおきながら、なかなか話を切り出せない自分の心情を見抜いて。



 そのことを少し申し訳なく思ったが、正直ほっとしている自分がいる。



 拓也はぐるぐると考えを巡らせながら、台所に向かってコップに水をむ。

 ついでに自分と実の飲み物も用意して、部屋に戻ることにした。



「うわ…っ」



 ドアを開けて、拓也は思わず口元を押さえた。



 部屋中に濃密な魔力があふれていた。



 自分たちが持つ魔力とは明らかに違う、異質で強力な力。

 それが、部屋の隅々にまで満ちている。



 なんの前触れもなくその魔力に当てられて、吐き気が喉をせり上がって頭が大きく揺れる。



「ああ、ごめん。」



 その魔力の発生源である実が、拓也に目を向けないままで簡素な詫びを入れる。



「しばらくこのままだから、悪いけど自分で対処して。多分、そのうち慣れると思うけどさ。」



 実は机に向かい、何やら作業をしているようだった。

 胃のムカつきを我慢しながら、拓也はその作業を見に行く。



 そして、この魔力の理由に納得した。



 実の手には、手首から外した腕輪があったのだ。

 腕輪を外したことで、普段抑えられている魔力が放出されているというわけか。



 実は先の丸まった鉄の棒で、腕輪の紋様を丁寧になぞっていく。

 すると、棒でなぞられた腕輪の紋様が淡く光り、しばらくするとゆっくりと消えていった。



「何してるんだ?」



 答えがないことを予想しながら訊ねると、意外にも実は普通に答えてきた。



「作用の強化。もう少し強い封力がないと、俺の暴走を止められないじゃん。最近腕輪をしてても普通に魔法が使えちゃうから、どうにかしなきゃいけないなぁとは思ってたんだよねー。」



 のほほんとしている実に対して、拓也はどこか心配そうにその作業を見つめる。



「大丈夫なのかよ。やるの初めてだろ?」



 作業を続ける実は、時々横にある本に目を向けている。



 基本的に自分たちが扱う魔法という技術は、個人がそれぞれのやり方で構築する感覚的な技術だ。



 結果的には同じ効果を発揮する魔法でも、そこに至る経緯は個人によって異なる。

 それ故に、効果の規模には才能の差が如実に出るのだ。



 そんな個人的技術である魔法の中でも、実が身に着けている腕輪のような道具を作る技術においては、決まった魔法陣などが使われるので、魔法が構築される仕組みもその効果も一定となりやすい。



 だが、いくら固定化された魔法とはいっても、初めて行うものは失敗しやすい上に、使い慣れた魔法よりも魔力を消費する。



 普通なら、練習から入って徐々にレベルを上げていくものだ。



 だが……



「んー……大丈夫なんじゃない? こういう調整系統の術はやり方が単純だから、一定の力を出し続けられる気力と集中力があれば、初めてでも上手くいったりするしねー。」



 それが案外難しいのだと、果たして実はわかっているのだろうか。

 とはいえ実際のところ、実の魔法は初めてとは思えないほどに安定していた。



 魔力の込め具合に、一ミリの乱れも感じられない。

 自分と話している間にも、腕輪には確実に魔力が刻み込まれていた。



「水、ここに置いとくから。」

「うん、サンキュー。」



 作業の邪魔にならない位置に水と実の飲み物を置いて、拓也は自分の飲み物を手にベッドに腰かけた。



 最初こそ眩暈めまいもしたが、体調は覚悟したほどひどくならない。

 実と話していて気が紛れたのもあるし、体が案外早くこの場に慣れてくれたようだ。



 ほっと息をついて、拓也はちらりと実に目を向ける。



 さっきまで話していた実は、今は完全に魔法に集中しているように見えた。

 今自分が話をし始めても、真剣に話を聞けないかもしれない。



 でも、話を切り出すにはうってつけの状況だ。



「なあ、実。」

「何?」



 返事はすぐに返ってきた。

 それに苦笑しつつ、拓也は話を進める。





「そのままでいいから、軽く聞いててくれ。―――じつは、尚希が五日くらい帰ってこなくてさ……」




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