実感する歳の差

 尚希が帰ってこない。

 拓也がそう切り出すと……



 ピクリ、と。



 実の手が、一瞬止まった。

 しかし、その手はすぐに作業を再開する。



「まあ、エーリリテさんの所に行くって言ってたから、心配することはないんだろうけど……」



「うん、それで?」



 実の声は、淡々としている。

 それに肩をすくめた拓也は、再度口を開いた。



 話し始めてしまえば、後はするすると喉から声が出る。



「でも、全然連絡がないから少し心配。これがもし実だったら、一日と待たずに押しかけるんだけどな。」



「なんでさ。」



「実なら絶対、いらないことに首を突っ込んでるって分かるから。」



 笑い混じりの実の言葉に、拓也はすぐさま言い返す。

 そして、ふっと目を伏せた。



「でも……尚希のことになると、上手く動けないんだよな。それで、ふと気付いたんだ。おれ……尚希のこと、じつは何も知らないんだなって。」



 脳裏に揺れるのは、くどいくらい見てきた腐れ縁の笑顔。



「おれが小さかった時から、あいつは今のとおりの人間だったからさ。自分のことは、全然しゃべらなかった。おれもそれに甘えて、今の今までなんの違和感もなく過ごしてきたけど……気付いてみると、すごく気になるんだよな。あいつは、いつも何を思って過ごしてるのかとか……何か、抱えてるものはないのか……とかさ。」



 尚希に支えられて自分の過去に決着をつけたのは、つい最近のこと。



 あの時は本当に救われた。

 尚希がいなかったら、自分は間違いなく死んでいたと思う。



 昔から、ずっとそう。



 怒りと憎しみに歪んでいた幼い自分を、尚希はいつも見守って助けてくれた。

 自分も、そんな尚希に甘えてきた。



 ずっと傍にいた尚希は、自分のことをなんでも知っている。

 心のどこかでそう分かっていたから、無条件に尚希に心を許していたのかもしれない。



 拓也は自嘲的に笑った。



「なんか、ようやく歳の差を実感した気分。おれはまだ子供で……あいつはもう、大人なんだなって。」



 九つの差。

 今まであまり気にしたことはなかったが、考えてみると、その差はあまりにも大きかった。



 尚希は、自身のことを話さない。

 たとえ何か問題が起こっても、それを表には出さなかった。

 仮にこちらが何かを勘付いても〝子供は気にするな〟と、笑ってごまかしていた。



 自分よりも幼い子供を前に、難しい大人の事情は話せなかったのだろう。

 だからそれが当然の行動なのだと、頭では分かっているつもり。



 ただ……ずっと一緒にいるのだから、そろそろ少しくらいは話してくれてもいいじゃないかって。



 そう思ってしまう自分がいるのも事実で。



「だったら、ちゃんと言えばいいんじゃないの?」



 実はあっさりとした口調でそう返してきた。

 目を向けると、実は相変わらず腕輪の調整をしていて、こちらを見てはいない。



「それは単純に、昔からの関係をお互いに引きずってるだけでしょ。それだけ、拓也と尚希さんの付き合いは長いんだ。こうなるのは当然のことだと、俺は思うな。」



 実はふと、鉄の棒をコップの水に浸けた。

 実がそこに手をかざすと、その水が淡く発光する。



「でもさ、人は成長していくし、変わっていく。それもお互いに分かってること。だから、今の拓也の気持ちを正直に言えばいいんじゃない? もっと頼れって。」



「なっ……誰も、そうは言ってないだろ!?」



「そう? 俺には、そう聞こえたけど。」



 実はくすりと笑いながら、浄化した水を棒つたいに腕輪にかけた。

 棒を伝って流れる水は机に零れることなく、腕輪に吸い込まれていく。



「よし、完成っと。」



 大きく息を吐き出しながら、実は椅子から立ち上がった。

 次に拓也に近寄った実は、調整が済んだ腕輪を拓也の手に落とす。



「どうよ。」

「うん……悔しいけど、完璧。」



 丁寧に魔力が編み込まれ、きちんと浄化もされている。

 初めて扱う魔法で、ここまでの完成度を実現するとは。



 新品のような輝きに戻った腕輪に感心していると、実が急に頭を鷲掴わしづかみにしてきた。



「わっ!?」

「大丈夫だよ。」



 反射的に顔を上げた先では、実が穏やかな微笑みを浮かべている。



「腐れ縁がそう簡単に切れるわけないって。あんまり悩まなくても大丈夫だよ。」



 言葉を失う拓也から腕輪を取り上げて、実はにやりと笑った。



「考えてるだけじゃらちが明かないし、あとは行動あるのみってことで。」



 その何かを企んだ笑みに、拓也は背筋に薄ら寒いものを感じたのだった。


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