舞台は混沌へと誘われる

第19話 義妹は何を想う

【side/天音楓あまねかえで


ほんのりと暑さを感じるようになってきた五月初旬。

私はいつも通り自分の通う中学から自宅へと帰ってきていた。

家の玄関を開けると誰もいない、静寂を孕んだ空間が私を迎えた。


「今日の当番は――私ですね…」


自分の部屋に荷物を置き、キッチンへと向かう。

私は当番制で行われる料理の準備をしていた。

若干15歳にして料理を自ら率先して作るなど…と思う人もいるだろう。

しかしこの天音家の住まう家には私と義理の兄の天音海翔しかいない。

だから私と海翔くんで当番制で夕飯を作ることになっているのだ。

別にお母さんとお父さんが死んでしまったとかいなくなったとか捨てられたとかではない。単純に海外に長期出張にいってるからだ。


「なんとも漫画にありそうな…けどそれが私にとってはありがたいんですが…」


一人で料理を作りながら言葉を零す。

包丁をまな板の上でリズミを刻みながら、学校にいる筈の義理の兄に想いを馳せる。

瞼の裏に浮かぶのはいつだって海翔くんの姿だけ。

彼の優しそうな…けれどどこか安心できるような笑顔が私の頭から浮かんでは消え、浮かんでは消えと泡沫の如く泡となって消えていく。


「今日の献立は海翔くんの好きなオムライスですね…うふふ」


私は海翔くんの好きなオムライスを作りながらここ最近の彼の様子を思い出し笑みを浮かべる。

最近の海翔くんは気だるそうにしているが、どこか楽しそうにしている節があった。何があったかのか、そんなの私にとってみればどうだってよくて、ただ彼の笑顔を見るだけで私の心は温かくなる。









無意識の内の傾慕けいぼ、私の心の中にある彼への禁断ともいえる感情に耽っていると料理が終わっていた。


「終わっていましたね…今日はやけに帰りが遅いですね…」


ふとスマホで時刻を確認すると19時。

男子高校生が家へと帰ってきていなくとも特段珍しくない時間帯だが、海翔くんにしては珍しい。彼は高校の友達と遊ぶことはあってもこの時間帯までには帰ってきていた。遅くなるにしても連絡を入れてくれていたが今日に限っては来ていない。


「こんな日もありますよね」


別に何かあるわけでもないし、彼が何かに絡まれていても大丈夫といった絶対的信頼があるから気にせず自分のすべきことをする。




課題に勤しんでいると彼の帰宅を知らせる開錠の音がした。

私は急いで近くにある鏡で自分の姿を確認し玄関に向かう。


「楓ごめん遅れて、スンスン。良い匂いがするな今日はオムライスか?」


そう言って手に何かをぶら下げて言う海翔くん。

オムライスを匂いでかぎ分けるってどんだけ好きなんだと――

いや今はそんなことはどうだってよかった。


「な、なんですか…その髪は…」


「そんなに驚くか?なんだか傷ついた…っていつもは言うとこだが似合ってるだろ?」


確かな自信を持ち私に聞いてくる海翔くん。

その髪は―――


「あ…。海翔くんどうしたんですか!?その明日デートに行くからってちょっとカッコつけたみたいな髪型は!?」


「いっしゅんでばれたー」


今私が言ったように彼の髪は…明日本命の子とデートだから気合入れたみたいな髪だった。

彼のすさまじく整った顔に似合いすぎている髪型。

私にとっては暴力的すぎた。


「すみません…先座っててください!!」


私はそのまま顔を逸らし、鼻を抑えキッチンへと向かう。

海翔くんの呼ぶ声が聞こえるがダッシュだ。

急いでティッシュで鼻を抑え、私の彼への想いのように迸る血を止める。


「かっこいいよぉ…」


鼻を抑え曇り蕩けきった甘い声がキッチンに静かに響いた――





「それでさ――——」


すっかり血もおさまった私は海翔くんと食卓を囲む。


「そうなんですね!」


他愛のない会話が二人しかいないこの家を温める。

ふと、私は気になったことを海翔くんに尋ねる。


「それにしても髪を切ったんですね!ということはあそこに?」


「そうそう、優香お姉さ――じゃなかった。優香お姉ちゃんに切ってもらった」


やはりあそこですか…。

天音優香。海翔くんの従姉にあたる人物。

私の義理の従姉でもあるその人。

とんでもないシスコンであることを私は知っている。

そして常人とはひとつやふたつぶっ飛んだ考えをもつ人でもある。


「とても似合っていますよ」


「ありがと、それにしても今日も今日とて俺の天使の作るご飯は美味しいな!」


「も、もう!そんなこと言ってないで早く食べ終わってお風呂言ってきてください!」


私に冗談でも天使なんて言ったら本気になりますよ?

と心の中で伝える。

決して照れているわけじゃないです…


「えー、なんか今日いつもと違うじゃん。はーん?さてはかっこよくなったお兄ちゃんに照れてるな?」


「ち、違います!勘違いしないでください!兄弟でもセクハラって成立するんでしたっけ?」


「そんなてれんなってー、それとご馳走様。これ食ってて」


そう言って机の上に置かれていたビニール袋の中から何かを取り出す。


「ショートケーキ、好きだろ?」


彼にしては珍しい私へのデザートの贈り物。

目の前に差し出されるはイチゴの乗ったクリームに包まれたスポンジのケーキ。すなわちショートケーキに喉が鳴る。


「それじゃお風呂入って来るわー」


そう言ってお風呂に向かった海翔くんに一瞥もくれず、私は目の前にある魔性の食べ物に舌鼓を打った。




これが後の代償とも知らずに――――





#######

二章開幕!

読んでいる人はいるのだろうかと一抹の不安を覚えながら書いてます…(笑)

楓視点だとちょっと文学チックになってしまいます(笑)


なぜ海翔くんが楓にショートケーキを差し出したのか――

妹にくらいデザートの一つや二つあげてもいいでしょうに!

いったい何を海翔くんは企んでいるんでしょうか。


タダより怖い物なんてこの世界にはないんですよ…



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