第1話 日常

快晴、ギラギラと太陽が光り海に反射している。

「こんな時に漁か..」

少年はギラつく太陽を眺めながらボソッと呟いた。漁村だから仕方ないと頭では分かっているが、”帝国軍領”のような大都市に住んでいれば毎朝早く起きなくて良いのかもしれない。旅商人の話だとこんな村より何倍も大きく、賑わっているらしい。知らない食べ物や建物も多いのだろう。想像もつかな..

「ローーーーイ!」

ぼーっと空と会話していたのに耳に響く声で現実に戻される。声の主ははるか遠く。よくそんな所から声が届くなと感心しつつ、来てほしそうな身振りなので向かってみる。海上の上に架けられた木製の橋をロイは気怠げに歩いて行く。橋はやや広めで簡易的な柵が付けられており、波はゆらゆらと揺れているが橋は全く動かない。

「なんだよ父さん」

そこそこの距離を移動して改めて父の喉に感心する。

「ロイ、今日の漁はもう終わりだ明日の準備はしておくから終わっていいぞ。」

「はーい」

ロイは父の脇を通り過ぎようとするが腕を掴まれてしまう。

「なんてな、さぼっていたのは見えていたぞ」

ニカッと笑う父に反抗する術はなかった。がっしりと筋肉質な父は焼けた肌を袖のない服から出している。

「なんだよ何すればいいんだよ」

父はいつも悪事を暴いてきては簡単な仕事を課してくる。

「うむ。これを幼馴染のミルちゃんに届けてほしいんだ」

父が出したのは、貝やら魚やら海藻やらがぎっしりと詰まった箱だった。正直見ただけで重いことは分かった。嫌そうな顔をしているのを見て親父は「ミルちゃんに会えるんだからそんな浮かない顔するな」なんてガハハハ笑っている。

「分かったよ」

深く腰を落とし気合を入れるもやっぱり重い。

「んんっ!!」なんて声を出して持ち上げるものだから父も大爆笑である。

「途中で潰されるなよー!」

覚えてろよ父。ロイは父の笑いに見送られながら歩み始めた。砂浜の上をザクザクと歩き、重さのせいで足が埋まっていく。大きく足を上げて一歩一歩進んでいく。波の音が遠ざかると住居区が近づいてくる。簡素な作りの家が並び、商売スペースの広場もある。よろよろとロイは歩き気づく、これ無理だ。一旦箱を置き自分の手を眺めて見る。取っ手の跡が手に移り、ジンジンとした痛みと共に赤くなっている。父は張り切りすぎだ、こんな量もらっても困るだろう。豪快というかなんというかそれでいて母には絶対適わないのも面白いものだ。少しだけ手を休ませもう一度気合いを入れる。あと少しでミルの家に着く。ロイは広場の脇を抜け住居が並ぶ場所へと入る。貴族のいる帝国領とは違い、この村には格差があまりない。そのためどこも似たような家をしている。住宅の間を砂と砂利で出来た道が続いている。ザラザラと足を引きずりロイはミルの家を目指す。広場の近くに位置するためそろそろだ。

「あ!」

「あ、ロイ!」

上の空のまま運んでいたがロイはすぐに彼女に気づいた。細身で綺麗な黒髪を揺らし、彼女は駆け寄ってきた。

「やぁミル」

「重そうだね持つの手伝う?」

「ん?いや軽いから大丈夫だよ」

軽い感じを装い箱を持ち直す。

「今からミルの家に行こうと思ってて、迷惑じゃない?」

「迷惑じゃないよ大丈夫!」

首をブンブン横に振って俺の横につき、二人は歩き出す。手伝おうと手を伸ばしてくるがロイは話を続けて触れさせないようにする。

「そういえばもうすぐ感謝際だよね」

「あ!そうだね。皆準備で忙しそう」

ミルはゆっくり手を引き申し訳なさそうな顔をしている。二人が話す”感謝祭”とは、このルール村に代々受け継がれきた風習のことである。三年毎にはるか東にある水の神殿に赴きお供えをする。往復で二日かかる距離を歩き、無事に村に帰ることで感謝祭は完了する。村の安泰と漁が豊かになるようにと願い神殿を訪れる。神殿に向かうものは少数、村に残ったものは帰還した者を祝う祭りの準備をする。今年からロイも神殿に向かい、ミルは残って準備だ。この大量の海鮮物も祭りのためだろう。

「準備するの大変そうだな」

「でもロイも遠征に向かうんでしょ?魔物とかに襲われたらどうしよう..」

彼女は目線を下にそらす。確かに魔物がいるのは困るがこの辺は帝国軍の砦と近いので魔物が出ることも少ないだろう。

「毎日力仕事してるんだし大丈夫だ」

力仕事はしてるが武術なんか習っていない、力だけで魔物に抵抗出来るかは不安だが..。

「ロイ大丈夫?」

「ん?たいしたことないよ」

箱を持つ俺を眺めて彼女は心配そうだった。本当はとても重いが精一杯強がってみせる。横で歩いていたミルは家が近づくと小走りで俺を追い抜き、ドアを開ける。他の家のように質素な感じであったが掃除が行き届いており綺麗であった。箱を家の中に入れ、廊下に目をやる。そこにはミルの母が立っていた。

「あらあらロイちゃんいらっしゃい」

おっとりとした顔で綺麗な黒髪を揺らしながら迎え入れてくれた。

「これうちの父からです」

軽くお辞儀をしてから箱を見せる。ミルの母はこんなに良いの?といった顔だがなんだが嬉しそうだった。料理好きなミルの母は作りすぎては近所に配っていることで有名だ、きっとこの量も朝飯前だろう。

「これだけあれば感謝祭の宴にも十分だわ」

ニコニコしながら彼女は魔法を使い始める。海産物は宙へ浮き、水のようなもので包み込まれていた。青い魔方陣が床に現れ、海産物たちはふわふわ浮きながら保存場所へ運ばれていく。魔法ってすごいなと見とれているとミルが手招きして中へ案内してくれた。ロイとミルは居間に入り、ちゃぶ台の側に座る。座ってしばらくすると「ゆっくりしていってね」と魔法でお茶とお菓子が運ばれてくる。

「凄いね魔法とか」

箱を持っている間太陽に晒されていたロイは先にお茶を飲み喉を潤す。

「凄いよね、なんか昔は帝国軍の総司令だったらしいよ」

クッキーを小さな口で噛みながら彼女は答える。

「総司令?!」

お茶を吹き出しそうになるがなんとか抑え話を聞く。総司令と言えば帝国軍領に属する兵士のうちトップ十人に与えられる役職だ。それを名乗るだけでそうとうな実力者なのは確定である。

「うん、”八軍”だったらしいけどそれでも凄いよね」

ちょっと誇らしげなミルはお菓子を食べながらニコニコと笑っている。ミルも魔法の扱いは上手かったが母がそんな優秀だなんて知らなかった。

「やめてよミル昔のことなんだから~」

ちょっと照れくさそうな母がいつの間にか居間におり、手には小さな鞄があった。

「じゃあ買い物に行ってくるから二人とも仲良くね」

そう言うと支度をして出て行ってしまった。ミルと二人きりなんて少し困ってしまう。

「ねぇ、ロイ」

先に切り出したのはミルの方だった。手には何やら小さな装飾品が握られている。

「今年は神殿に行くって聞いたから..作ってみたんだ」

もじもじと照れくさそうにしている彼女が渡してきた装飾品を見てみる。丸くて白い小さなお守り。手の中に収まっているお守りは不思議と暖かい気がした。

「ありがとう、ミルが作ってくれたの?」

「そうだけどあんまり上手く出来なくて..」

手をいじったり髪をいじったりとミルは落ち着きがない。

「いやいや上手いよ、可愛いし嬉しい」

実際可愛い。ウィンクをした猫の絵が最高に可愛い。誉められてミルは照れている。彼女の顔はすぐに赤くなるのでこっちまで恥ずかしくなってしまう。照れ隠しをするようにその後は何気ない会話を続け、菓子をつついた。

「ミルの魔法訓練は順調?」

「うん、大変だけどね」

「神聖魔法って珍しいんだっけ?」

「なんかそうらしいね、村には誰もいないし魔法書もなくて困ってるの」

「それなのに魔法を覚えられるのすごいな~」

「そんなことないよ」

ミルはまた髪をくるくるといじり始めた。

「そういえばククル君もけっこう良い感じらしいよ?」

ククルは村長の家で暮らしている男の子だ。この間八歳になったばかりなのに村の手伝いやら魔法練習やら熱心に取り組んでいる。

「ククルは水魔法だっけ?毎日真面目に練習してるから凄いよ」

実際毎日村を駆け回った後に魔法練習、疲れているはずなのに文句一つ言わない本当に良い子だ。

「うん、お母さんも水魔法使いだから直接教えることもあるんだって」

少し嬉しそうなミル、彼女の表情から本当に母を尊敬しているのだろう。元総司令だし当たり前か。

それにしても魔法が使える人は凄いな。ロイは少し悔しい気もしたが魔法は生まれつきで決まってしまうので仕方がなかった。ロイは魔法が使えない。とは言っても魔法が使えないのは珍しいことでもないし武術や科学で魔物に立ち向かう者もいる。まぁ帝国軍の総司令は魔法を使える者ばかりらしいが。

「今日も練習?」

「うん、お母さんが帰って来たら行こうかなって思ってるの」

「頑張って、応援してるよ」

「ありがとう、頑張るよ!」

二人の目が目が合い、笑ってしまう。ミルは照れたり嬉しかったりすると髪を触る癖がある。またくるくると髪をいじっている。可愛い。二人の甘い時間はどんどん過ぎていく。遠征に対するワクワク感を語ったり、お守りについて話したり、幸せな時をロイとミルは過ごした。

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