第2話 ミルとロイ

「ただいま~」

ミルの母がドアを開き家の中に入ってくる。トントンと足音が聞こえ居間を通り過ぎていくのが分かる。

「じゃあそろそろ帰るよ」

「うん、分かった」

もう少し話していたかったが長居は迷惑だろう。ロイはお守りをポケットに入れて立ち上がる。分かったとは言うがミルは少し寂しそうに見えた。引き戸を開け、廊下へ出ると奥の方からミルの母が歩いてきた。

「すみません、お邪魔しました」

ロイはペコリとお辞儀をし、ミルの母は柔らかな表情で見つめてくる。青色の目が綺麗に澄んでいる。

「あらあら、ロイ君。またいつでも来てね」

「またね、ロイ」

ミルは小さな手を振り、薄い赤色の目を細めて笑っている。ロイはもう一度お辞儀をし、ミルに手を振って家を出た。戸を閉めると先ほどまで忘れていた太陽がロイを照らす。暑い。荷物のない足取りは軽く、すいすいと歩を進めた。広場に近づくと何やら賑わっている。感謝祭も近く、旅商人が多く来訪していた。見たこともない服と食べ物が並び、村人達はまじまじと商品を見ている。ロイはさして興味もないので人の少ない方向へ進んでいく。ロイの家はミルの家と広場を挟んだ反対側にある。村は周りを崖で囲まれ、半月の形で家が並んでいる。入り口近くに広場があり、ロイの家の方向は少しだけ標高が高い。特殊な地形故に野生動物からの被害もほとんどない。

広場を抜けて少し歩くと人気はどんどん減っていく。脇道に逸れ、自分の家のドアに手をかける。ちょっとした坂道を登るのは暑さと相まって正直つらい。

「ただいま」

ガチャリとドアを開け、ロイは居間へと進む。

「お帰りロイ」

こちらに気づき母はジロリとロイを見る。慣れているから良いが普通の人はその威圧的な目に臆するだろう。細く、瞳が小さくて怖いが母は別に怒っている訳ではない。居間の奥にあるキッチンへとロイは進み蛇口を捻る。

「母さんも装飾品作ってるの?」

「そうそう、三年に一度の祭りだからね。真面目に作らないと。」

砂のついた手を洗い流していく。言ってはいけないが母の手元はかなりたどたどしい。一つ作るのにどれだけ時間がかかるのだろうか。険しい目はまるで獲物を狙っているようだった。このままではご飯を作る時間も足りなくなるだろう。そう思ったロイは手伝うことにした。

「母さん手伝うよ、やり方教えて」

「ん?本当?」

「本当だよ」

「じゃあちょっと手伝ってもらおうかな」

あれをこうする、魔法は込められないのでそこは母に任せる。小さな袋、輪に小さな鉱石をつけたもの、魔法の力で光るもの、様々な装飾品があった。縫ったりするのはなかなか難しいが母ほど不器用ではなかった。後から来た息子が着々と作業を進めていくのを横目に母は唸っている。ムムムと悔しそうな母はより一層険しい目で編み物を作っていた。ロイは何気なく母が作ったお守りを手に取る。この小さな袋とか可愛い。不器用な母作、小さな袋に猫?のようなよく分からない生物が縫い込まれていた。形も綺麗な丸というには少しグニャグニャとしている。それでもなぜか目を引くものがあった(一番変だったからかもしれない)。そういえば、ミルにもらったお守りと似ているな。ロイはポケットからお守りを取り出し、じっと見つめる。ウィンクをした猫と目が合い可愛さに頬が緩んでしまう。

「なーに?にやにやして。またミルちゃん?」

さっきまで獲物を狩るような目だったのに、今は細く優しく、顔もにやにやしていた。

「な、なんでそうなるの」

「やっぱりミルちゃんかぁ」

ロイの手元を見て全てを察したような顔をしている。

「あんたは分かりやすいんだから」

ロイは照れくさくなったのでお守りをポケットにしまい、作業を再開する。

「ミルちゃんは元気だった?」

「ん、まぁ」

ロイはチクチクと装飾に糸を通し、綺麗な丸型ものが出来上がる。母のものは糸が曲がり、ぐにゃりと曲がった物が出来上がる。

「うーん...ロイ、あんた器用だね」

「母さんが不器用なだけじゃ」

「なんだと~」

母とロイはいつもと変わらない会話を続け、積まれていた材料を装飾に変えていく。

母の編み物が多少ましになった頃、太陽はもう赤くなっていた。

「そろそろご飯作らないとね」

「手伝うよ」

「ん~?なんか今日は優しいな~」

「いつもでしょ」

二人で笑い台所につく。今日は魚を使ったものにしよう。調味料を探し、煮たり焼いたり。さっきまでの不器用さはどこにいったのだろうか。母はテキパキと調理していく。そこへ

「ただいまぁ!」

力強い声と足音。うるさい。どかどかと来る父に母と一緒の気持ちであった。

「うるさい」「うるさい」

「ひどいな~」

ジトッと見つめる母の目は鋭かったがどこか嬉しそうであった。父は泣く振りをするが、台所で料理をしている二人の元へ歩いてきて何も言わずに手伝い始めた。

「美味しそうだな~」

父は手を洗いながら料理に目をやる。母の料理は美味しいだけでなく綺麗だった。三人で料理を運び家族の団欒(だんらん)が始まる。

「今日は大漁でな、今回の感謝祭の宴は過去一になるぞ」

ガハハと笑いご飯を口に運ぶ。今日の魚はまた一段と大きい。骨が綺麗に取れたら気持ちいいだろう。父は豪快に骨ごとむしゃむしゃと食べている。

「旨いな!」

ご飯を少量ずつ口に運び、母はニヤニヤしている。本当に美味しそうに食べている父を見て嬉しいのだろう。

「感謝祭の遠征は大変だから気をつけてね二人とも」

「大丈夫だそれほど魔物がいない道を通るからな」

「それでも心配なんだよ私は」

「ここ二十年くらい魔物はおろか魔族も活動が停滞している、よほど危ないところに行かなければ大丈夫だ」

膨大な量のご飯を口に運ぶ父。どうやったら箸にあんな量のご飯が乗るんだ..。

「でもなんで急に魔物が大人しくなったの?」

ロイはご飯を口に運び疑問を投げかける。魔物や魔族の話は聞いていたが実際に見たことはなかったし村の警備もずさんだった。うじゃうじゃと魔物が徘徊する世界ならこんな小さな村が存続出来るはずはない。

「うーん、私も昔帝国領にいたけど、被害が突然途絶えたんだよ」

「え?帝国軍にいたの?」

驚きだった。てっきり母と父はこの村で出会ったのかと思っていた。

「母さんはこの村を救助に来てくれた時に俺と出会ったんだぞ」

「まさか救助に来たのに助けられるなんてさ」

昔を懐かしむ父と母。ロイの知らない過去を二人は語っていく。

「この村に異変が起きたからって調査に来たら魔物にやられちゃってね、あの時は危なかったなぁ」

「父さんも漁だけの生活だったさ、でもな女性が必死に戦っているのに黙っているなんて出来なかったんだ」

話を聞くとこの村が襲われた時救助に来たのが今の母さん達だった。ミルの母さんもそのときにいたようで負けることはない戦力だった。しかし、数が多く、父さんの家族は悲惨な最期を遂げたらしい。救助に来た母さんは父さんと協力し魔物を撃退。そして一人になった父さんを励ましているうちに二人は引かれ合ったそうだ。

「あの時の母さんは魔法をバンバン撃っていてかっこよかったな」

「あんただって武器もないのに魔物に立ち向かって、最初は馬鹿かと思ったよ」

凄いな父さんも母さんも。悲しい過去があるはずなのにこんなに笑い合って幸せそうだ。ロイは静かに二人の会話を眺め、ご飯を口に運んでいく。しっかりと味がついた魚はご飯と相性が良く、箸が止まらない。新鮮な野菜は噛む度に甘さが際立ち、シャキッと良い音がする。三人がほとんど食べ終わると父は一つの箱を出す。保存用の魔法がかけられた特殊な箱だ。


「今日はな、旅商人からスイーツを買ってきたんだ」

スイーツという言葉にいち早く母が反応する。ニカッと笑う父が箱を開けるとそこには色とりどりのケーキが入っていた。

「ケーキ..」

母の目がハートになっていた。あんなに鋭かった目がどこへいったのだろうか。

「母さんの好きなイチゴ味もあるぞ」

わなわなと震えながらケーキを取り、スプーンで一口分切り分ける。相変わらず一口は小さいが幸せそうに噛みしめている。

「ん~♡」

頬張る母を嬉しそうに父は眺めていた。

「ほらロイも好きなの選べ」

チョコ、抹茶、フルーツ特盛り。こんな田舎村では滅多に食べられないような珍しいものがたくさん詰まっていた。確かにこれは目がハートになる。

「最近は旅商人も来なくてなかなか食べれなかったからな」

父は抹茶味を選びロイはチョコ味を選んだ。ふわふわで味もほろ苦い。父はチョコ味のケーキを取り、三口ほどでペロリと食べてしまう。あまりにも早く完食する父にロイは吹き出しそうになる。食べ終わった父は食器を持ち、台所へ片付けに行ってしまう。残されたロイと母は静かにケーキを口に運んでいく。

「美味しい~」

母の表情は明るく、ニヤニヤが止まらない。父は母の喜ぶことが分かるのだろう、本当に凄いなとロイは感心する。ロイは食べ終えたケーキの皿と食器を持ち、父のいる台所へと向かう。

「父さん手伝うよ」

「おぉ、ありがとな」

父が洗う食器をロイは拭き、棚へと戻していく。

「ミルちゃんとは仲良く出来ているか?」

「え?あぁ、まぁ、うん」

父はロイを見ることもなく話を振ってくる。突然声をかけられロイは戸惑うが、すぐに答える。ガチャガチャと食器の音が鳴る台所で二人は話し始める。

「そうか、仲よく出来てるか」

ガッハハと父はうるさい。ロイは少し恥ずかしく、無口になってしまう。ミルと仲が良いことはロイも望んでいることだが、それを父に言うことは出来ない。話を続けられても困るので母の分の食器を取りに居間へと戻る。居間に戻ると母はまだケーキを食べているようだった。長いな、ロイはそう思ったが母の前に移動しすぐにその原因が分かる。母はイチゴ味のケーキを食べ、余ったスイーツ特盛りを頬張っていた。

「?!」

母は頬張っている状態をロイに見られていることに気づいたようだ。スプーンを加えたまま母は固まり、細い目を見開いている。

「父さーん」

ロイがキッチンに声を飛ばすと父がすぐに居間へと姿を現す。

「なんだ~?」

母は慌てたようにロイを止めるが父の姿を見た途端動きを止める。父はそんな状況と空になったケーキの皿二枚を見て笑い出す。

「母さんどっちも食べたか、ガハハ」

「ちょ..あぁ..」

母は恥ずかしそうに顔を赤らめうなだれている。父は楽しそうに笑い、ロイも少し笑っている。三人がいる居間は幸せな空間が満ち、家族の団欒は続いていく。寝る準備をするまで母はケーキのことでいじられることになる。

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