彼に振られた私の話。
深夜一時。私の部屋。
窓の外の世界には、大粒の雨が降り注ぎ、ゆらゆらと電灯の光を揺らしている。
彼はこの景色をよく一人で眺めていた。
彼の手には水の入ったガラスのコップが握られていて、私はベットで寝ながら、ガラス越しの電灯を見るのが好きだった。
「何を考えてるの」
「ん?君のこと」
嘘つき。
知ってるよ。
君は嘘をつくと首を触るんだよ。
気づいてる?
ふとベットに目をやると彼の残した本が置いてある。
『世界百景』
行けるはずもないのに、彼と二人で眺めた景色たちがそこにはあった。
彼と二人で見たときは、ページをめくるたびにどんな景色が見れるのだろうと胸を躍らせていたのに、今ではもう何も感じない。
むしろ窓の世界のほうが私の胸を打つ。
雨に濡れたガラス越しの電灯は、グラス越しに見るそれとよく似ていた。
この部屋は二人で暮らすには狭いが、一人で暮らすには少し大きく、余計にさみしさを感じる。
今までの私は、失恋してもこんなにうだうだ引きずったりしないタイプだった。むしろ、昔、元カレに振られたときは、朝まで飲み歩き、一日で立ち直ったほどだ。
そんな、私が一人部屋でノスタルジックな思いに浸ってしまうなんて。まるで、彼の読んでいた恋愛小説の主人公みたいだ。
部屋のあちこちに散らばった本たちは、手広なこの部屋を埋めてくれるが、彼のいないさみしさを埋めてくれるわけではない。
こんな狭い世界にいても仕方がない。
私は外に出て夜の街を走った。
どれぐらい走ったのだろう。
雨はいつの間にか止み、私は砂浜に座り、地平線から上る太陽を眺めていた。
もうどうでもいいや。
彼のことなんか忘れてしまおう。
なぜか、上る太陽が、窓から見る電灯と重なった。
涙越しに見る太陽は、グラス越しに見るそれとよく似ている。
「大丈夫だよ。君っていい人だからさ。」
「うん。」
「僕よりいい人がみつかるって。」
「そうだね。私って、そんな引きずるタイプじゃないし。すぐに忘れられるよ。」
彼が、私の首に手をかけそっと顔を近づける。
思わず目を閉じるが、唇が触れ合うことはない。
「嘘つき。」
朝焼けに溶けていく彼は私を見て笑う。
「忘れられないくせに。」
首を触りながら私は笑った。
「忘れられるよ。」
超短編 @konoitan
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