後章
サンダーストーム
「それで、会合の方はどうでしたか」
わたしは母に尋ねる。
「おそらく、あれは大規模な襲撃の予兆だろう、ということになってね。一番近くにいるキャラバンに救援を求めることになった」
「一番近くにいるキャラバンというと」
「バルトロマイに確認したら、ベルテシャツァル・キャラバンだった」
「えっ。まさか」
「そのまさかだよ。遅くとも明後日にはここに着くはずだ」
「やったぁ」
「浮かれるなとは言わないが、仕事はお忘れでないよ」
「はーい」
ベルテシャツァル・キャラバン。レニーズの属している馬幇である。わたしの……まあその。将来を誓い合った相手。子供の頃の口約束と言ってしまえばそうなんだけど。その。
「ところでその。バルトロマイ氏はどこに?」
「酒場」
「行ってきますっ」
「非番は今夜の遅くまでだからね。お忘れでないよ」
わたしは酒場に飛んでいった。ちなみにエデン付属のこの酒場は『ゲッセマネ』と言って、基本的には朝からやっている。
「バルトロマイさんっ」
「おや、お嬢。さっそく来たな」
「あ。シェディム」
髭もじゃのナイスミドル、バルトロマイ氏はベリトと同じテーブルについていた。というか、強引に酒を勧めているように見えなくもないが、今はそれどころではない。
「レニーズからの言伝を預かってませんか!?」
「あるよ」
「おおお! ききき聞かせてください!」
所詮言伝だから大した内容ではなかったが、レニーズは斥候に選ばれたから今夜にはハルザに着く、ということだった。
「あ、あの。レニーズって?」
「お嬢の恋人」
「え」
わたしはスキップしながら二人のテーブルから離れる。
「少年。そんなこの世の終わりのような顔をするなよ。女なら他にもいるぞ」
「ほっといてくれ」
「マルタ、この少年の相手をしてやってくれないか? 勘定は俺の奢りで」
「いらんっつーに」
「あら、バルトロマイの旦那。いけずはいけませんわ。あたしに向かって、他の男の相手をしろなんて」
「はっはっは。それもそうだな。よし、じゃあ今から俺の部屋に」
という会話を後ろに聞き流し、わたしはミリアムのところへ向かう。
「おや、シェディムお嬢様。何か?」
「あの赤いバギーについてなんだけど。何か、気付いたことはない?」
「ああ、あれですか。何か、少し奇妙なところがあるんですよね。全く見たことのない型で……いったい、どこのエンジニアの作品なのか。それ以前に、新型なのか旧型なのかも分かりません」
「そう……」
天使が乗っているくらいだ。おそらく人類の作品ではないだろう。ま、わたしにとっては今さら驚くようなことではなかった。
「ベリト様はどこの御出身なんですか?」
「南部の、ハルザとはあまり連絡のない町で――」
わたしは母にしたのと同じ作り話を繰り返す。長期的に考えればいずれは露見するだろうが、それは今日ではないし明日でもない。それから、今夜レニーズのバギーが到着するからその対応を任せるという話をして、わたしはエデンに戻った。ロビーにベリトがいた。地図を見ている。
「
エンゼルダストというのは天使の残骸から回収される
「いらない。一人で行ける」
ぷい、とそっぽを向かれる。うそばっかり。ほっといてもいいが、バルトロマイ氏はお取込み中だろうし、彼とわたしより他にこの少年に友人知人もいないだろうし、いやそんなことよりなにより見定めないといけないことが色々ある。
「でも、ベリトさん。わたし、知ってしまいましたので」
「――何を?」
「今朝。わたしがうたた寝していたとき」
「!」
「ベリトさんったら……」
「……」
「わたしにチューしようとしましたよね?」
少年はずっこけた。
「するかっ!」
「したくないんですか?」
「ない」
「なんだ、残念」
「え」
「だってベリトさん、可愛いから」
「~~!!」
わたしも大概嘘吐きだが、この子を可愛いと思っているのだけは本当。
「だからって寝ているときにするのは駄目ですけどね」
「しとらんというに」
「それはともかく。デートしません? なぜなら非番なので」
「彼氏がいるんだろ」
「夜まではフリーです」
「お前な……」
というわけで、食事を奢らせることになった。いや、わたし実家太いから金には困ってないんですが、デューンライダーとつかず離れず金を引っ張る技術を常日頃磨いておくに越したことはないので。……というのも表向きの事情だけど。
「お待たせいたしました。桃色サボテンの蒸し焼きです」
「いろんな食べ方があるんだな、これ」
「そうなんですよ。このハルザの名物ですからね」
「ふーん」
「ところで」
わたしは切り込んだ。
「ベリトさんは、なんで天使を滅ぼしたいと願うんですか?」
感情の覗けない瞳が一瞬こちらを見た。だが、すぐにいつもの表情になる。
「昔の恋人の仇なんだ」
ベリトは嘘が下手だ。わたしにはすぐ分かる。だから、わたしはちゃんと話を合わせる。
「ベリトの恋人。どんな人だったの?」
毎度のことではあるがどっかで聞いたような法螺を並べられる。わたしはそれらしく相槌を打つ。
「――というわけだ」
「ふむふむ」
どんな事情があってこの少年の姿をした天使が同族殺しをしているのか、そこまでは分からないけど。二度まで、助けられた命なので。その分だけは。わたしも彼を守らなくてはと。
そのときは、確かにそう思っていた。
でもレニーズの顔を見たらそのことは意識から消えた。
「シェディム! 会いたかった!」
「レニーズぅぅぅ!」
ひし、と抱き合う。駐機場で。ミリアムには見慣れた光景だが、ベリトはどんな顔をしているだろう。まあどうでもいいや。
「ベリト様。そんなこの世の終わりのような顔をしなくてもいいじゃありませんか」
「ほっといてくれ」
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