ありきたりの言葉がほしいだけ
その後。わたしは酒場でくだをまいていた。いや、エデンの中じゃない。外の店。最初はゲッセマネで飲んでたんだけど、いくら非番でも客の前でみっともないからって追い出されたんです。バルトロマイ氏とベリトを連れてきて、酒に付き合わせている。
「お嬢。いい加減機嫌を直したらどうだ」
「ぷーだ」
「そんな、他の女と同じ土産を寄越されたくらいのことで」
「ぷー」
レニーズなんですが、わたしとミリアム宛てに同じ土産を持ってきたんです。しかもわたしの見ている前で渡して。
「おっさん。女って難しいな」
「おう。少年もデューンライダーなら覚えておけ。そういうものだ」
ミリアムはわたしとほぼ同い年で。あれもレニーズの幼なじみなのです。実は。
「わたしの方が美人だけどね」
「うんうん。その通り」
ベリトが珍しく素直に相槌を打つ。
「非番が終わらんうちに仲直りして来たらどうだ? 一年ぶりなんだろう?」
「一年と四カ月。でも、町の会合に呼ばれてて、朝まで戻らないって。わたしの非番はその前に終わりです」
わたしが拗ねている一番の理由はそっちなのだが、まあ本当のところを言えばレニーズが悪いわけではない。しょうがないといえばしょうがない。でもこういうのは感情の問題なので。
「酒がなくなったぞ」
「はいはい、ただいま」
ベリトが甲斐甲斐しく酒を注ぐ。
「少年はオアシスの素人娘相手に二股をかけるなよ。娼婦でも、同じ店の女は一人までだ」
バルトロマイ氏はひとりで蒸留酒のグラスを傾けている。
「ミリアムとレニーズはそんなんじゃありません」
「だったら怒らなくても」
「やかましいぞヒゲ」
ふと、バルトロマイ氏が手を止める。
「ナッツが欲しいな」
「注文?」
「いや。ナッツはカウンターにあって、誰でも勝手に取っていいんだ。少年、取ってきてくれんか」
「わかった」
この席からカウンターまでは距離がある。ベリトが離れる。
「お嬢。……あの少年は何者だ?」
「え? 南の方から来たデューンライダーですよ」
「違うだろう?」
鋭い眼光がわたしを捉える。底の浅い嘘は通じそうもない。
「あいつの両手の剣。たまに見る近接戦闘型の天使と同じ構造だった」
「エンゼルダストを利用しているのでは? 珍しいことではないでしょう」
「そう単純な話ならいいんだがな」
そこでベリトが戻ってきたので、話は中断。
「これサービスだって」
「それは」
ベリトが持ってきたのは桃色サボテンの花だった。
「食べられるのか? これ」
「それは食べ物じゃない。少年、誰に貰った?」
「知らない。女の子。……あ、あの子だよ」
ハルザの風習では、この花を誰かに渡すのは相手に求愛するときである。受け取ると、それに答えるという意味になる。
「お客様、何か御用はございませんか?」
近づいてきたのは給仕の少女だった。娼婦ではない。
「別に大丈夫。酒はまだあるし」
「では、また何かありましたらお声がけを」
少女は遠ざかって行ったが、少し離れたところからこちらをちらちらと見ている。なんて分かりやすい。バルトロマイ氏がベリトに説明した。
「……というわけだ。どうする? この酒場の二階には、そのための場所もあるぞ」
「そのための場所?」
「あの少女に、少し二階で休みたい、案内してくれ、と言うんだ。そうすると、お前も男になれる」
「……え?」
ベリトの顔色が変わる。やっと理解したらしい。正直、性交の概念すら知らなかったらどうしようかと思っていたが。
「返してくる」
「もったいないぞ、少年。こんな機会はそうない」
「オアシスの素人娘は、一人しか口説いちゃいけないんだろ」
「まあそうだが」
「おれ、好きな人いるから」
ベリトはわたしを見ながらそう言い、少女の方に歩み寄って行った。
「やれやれ。お嬢も罪をする」
「オアシスの女ですので」
そしてあの娘もオアシスの女だから、ハルザの人間ではないデューンライダーがここの風習を知らなくても仕方がないということは理解できるとは思うが。でもこういうのは、感情の問題だからなあ。……あ、泣いてる。
「そろそろ引き上げるか。この場は俺の奢りで」
「そうね。御馳走になります」
ベリトは神妙な顔をしている。エデンのロビーまで戻ってバルトロマイ氏と別れた後、ベリトに誘われた。
「シェディム。おれの部屋で飲み直さないか?」
……あー。ベリトのことだから、三十分前なら、他意のない誘いだったかもしれないが。今は違うだろうなあ。
「……ごめん。そろそろ仕事に戻る時間だから。でもまた誘ってね」
「そっか」
わたしは夜勤のシフトにつく。年がら年じゅう遊んでいるわけにはいかない。
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