命に嫌われている。
深夜。わたしがフロントで考え込んでいると、突然ガチャガチャという派手な足音が聞こえて、人が階段を駆け下りて来た。真っ赤なシルエット。ベリト少年だった。わたしが考え込んでいたその当の対象。
「どうなさいま――」
とわたしが声をかけようとするのを、鋭い声が遮る。
「天使が来る。ここに」
「ええっ?」
エデンは町の中心部にあり、町の周囲には早期警戒網くらいはある。それを突破されたことがないわけではないけど、と、思ったところで警報が鳴った。ここから一番近い、中央監視塔からの警報。監視塔はハルザの東西南北と中心部にある。東西南北の監視塔より先に、中央監視塔からの警報とは。
「伏せろ!」
とベリトが叫ぶ。わたしは状況を判断する前に、咄嗟にフロントの下に身を隠す。物凄い光がエントランスホールに集中した。その位置からフロントの内側にあるモニタを利用して監視カメラの映像を確認すると、光の中から青い甲虫型の天使が現れたのが分かる。天使としてはかなり小型、そいつの前に、ベリトが立ちはだかっていた。そして次の瞬間、躍りかかる。
ジャイーン、と派手な金属音が響く。ベリトの武器は銃ではなかった。詳しく確認している暇はないが近接戦闘手段を持っているようだ。と、数人のデューンライダーが遅れて部屋から飛び出してくる。彼らの反応が格別遅いわけではなく、警戒警報から天使の出現までのタイミングがあまりにも異様に早すぎたというだけだが。
「ル・ルルル・ルル……」
天使が何か音を発する。何らかの攻撃の予兆か何かか、と考えるのが妥当だろうが、何となくわたしが思ったのは「ベリトに話しかけたのでは?」ということだった。しかし、ベリトはただチッと舌打ちを返し、再びそいつに飛びかかった。他のデューンライダーたちからの援護射撃。
「ルル・ル・ルルル……」
エントランスに再び光が集まる。光の塊の炸裂。次の瞬間、天使は姿を消していた。逃げたのか?
「シェディム、敵はそっちだ!」
フロントの内側に、また光が集まる。やばい。わたしは咄嗟に、フロントの内側に隠してある護身具に手を伸ばす。ベリトがフロントの内側に滑り込むと同時に、天使が再び顕現する。ベリトがわたしの前で盾になる。派手な爆発音。爆発は、その天使の攻撃によるものであり、同時にわたしが炸裂させたスモークグレネードの効果でもあった。天使は光学的な視認手段を利用しているので、これが意外と有効なのである。わたしはフロントを飛び出して逃げる。エデンの中でなら目をつぶったままだって走れる。わたしはここで育った。
「もらった!」
客として居たデューンライダーの一人、バルトロマイというベテランの銃使いが、行動を鈍らせた天使の頭部を横から撃ち抜いた。彼は赤外線スコープを付けている。計算済みである。
「ルルル・ル・ル……」
この天使はまだ動けるらしい。だが、そのとき母がバックヤードから数人の部下を連れて姿を現した。
「『エデン』へようこそ、天使のお客様。お帰りは地獄へどうぞ」
母の抱え持つ回転砲が火を噴く。現役の頃のことを知っているわけでないが、わたしが生まれるより前、母は凄腕のデューンライダーだったのだ。天使は完全に沈黙する。
「困った。何にも見えない」
途方に暮れたような、緊張の糸が切れたベリトの声。わたしは安堵すると同時に、エントランスの修繕費用について考え、少し暗澹たる気分になった。
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