脱げばいいってモンじゃない!

 町の駐機場に降りる。ハルザには駐機場は一ヶ所しかない。よってここを見渡せばデューンライダーがいま町にどれだけ集まっているかはすぐ分かるようになっている。ちらほらとバギーが止まっており、もちろんうちの宿の客のもある。


「ハルザは初めてでいらっしゃいますよね? ベリトさま」

「ハルザって?」

「このオアシスの町の名です」

「いや、初めてじゃない。前にも来たことがある」


 前にも来たことがあるのなら何で名前が分からないことがあるんだ。この人、言うことがつくづく支離滅裂だな。と、駐機場付きのメカニックのミリアムが飛んでくる。


「ハルザの町へようこそ、真っ赤な旅のお方! 整備に燃料、銃弾の補充、何でも御用命を」

「こちらはベリトさまだ。ミリアム、わたしが立て替えるから、燃料と銃弾を満タンで。整備の方はどうなさいます、ベリトさま?」

「それは必要ない」

「承りました。シェディムお嬢様、そしてベリト様」


 ミリアムはうちの宿の従業員というわけではないが、ほとんど下請けのようなものであるため、わたしの方の前では下手に出る。こちとら豪商の一人娘。


「では、宿にご案内いたします。そこに見えるその建物です」


 当たり前だがうちに案内するのである。わたしの母が経営する町一番の宿、『エデン』。貴重な新参の旅人に最初に唾をつけられたのは幸運だった。だいたいのデューンライダーは定宿を持っているし、特に理由もないのにそれを替える客は少ない。


「そうか。一番いい部屋を頼む」

「承りました」


 それは重畳。うちで一番いい部屋は三階の松の間だが、さいわい数日前から空室である。


「こちらのお部屋になります。外出の際はフロントにこの鍵をお預けください。娼婦は一階の酒場に常に誰かしら居りますので、そこからお呼びいただけます。それ以外に何かご用命がありましたら――」

「じゃあ早速だが、鎧を外すから手伝ってくれ」


 それプロテクターじゃなくて鎧なのか。鎧って。いまどきそんな、時代錯誤な。フルプレート着たデューンライダーなんて生まれたときからデューンライダーと関わる仕事をしているわたしでも初めてだ。とはいえ、上客である。言われた通りにする。


 ベリトさまがヘルメット……いや、鎧が鎧なんだからこれは兜というのか、それを外す。素顔があらわになる。髪の毛も赤かった。赤毛の、少年だ。なんと驚いた。見た限り、わたしよりも年下だと思う。その年で、ソロのデューンライダーとして独り立ちしているという例も滅多にあることではない。レニーズはわたしより年上だけどまだキャラバン所属の見習いだし。


「これで全部ですかね?」

「ああ。ありがとう」


 鎧を外し終わる。それにしても一つ奇妙なのは、この少年、外見上の年齢からすればまだこの先身体が大きくなると思うのだが、なんで今現在の自分の身体にぴったりな鎧なんか持っているのだろう。よく分からない。


「さて。腹が減ったな」

「一階に酒場と、それとは別にレストランもございます。あるいは外出になられるのでしたら――」

「ここで食事をとることもできるか?」

「できますよ。ルームサービスのメニューはこちらになります」


 部屋に備え付けのメニュー表をとって、渡す。注文を受ける。上等な酒を一瓶と、各種の肉料理。


「別料金にはなりますが、酌婦は付けますか?」

「酌婦って?」

「この部屋で、お食事『など』の世話をさせる女のことです」


 酌婦専用の女はうちにはいないので、実情を説明すれば下の酒場の娼婦を呼んでくるだけだが、ベリトさまは「任せる」と言った。なので下の酒場に行き、マルタに声をかける。


「新顔の上客。丁重にお相手をするように」

「どんな人です? 若女将」

「なんかすごい美少年。もしかしたら女を知らないかもしれない。だからあまりがっつかず、慎重に出方を見て」

「わかりました」


 で、数時間後。マルタが報告に来た。


「酌だけして帰されました」

「お気に召されなかったの?」

「いえ。それとなく促してはみたのですが……」

「ですが?」

「女を買うということの意味をそもそも御存知ないようでした」

「そんな馬鹿な。ああ見えてもデューンライダーなのよ?」

「でも、そうなんです。あたしたちにも職業上のカンというものがあります。あたしもそんなデューンライダーがいるはずがないとは思いますが、でもあれはそういう男でした。まず間違いありません」

「うーむ」


 最初に会った時からずっと、何か腑に落ちない奇妙なことが多すぎる。ベリトは一体、何者なんだろう。

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