8.罪悪感
街灯に照らされた通りを、駅に向かって美玲さんと手を繋ぎ歩いている。
車道は頻繁に車が通り過ぎていくが、歩いている人は少ない。
美玲さんは俺に寄りかかってぼやくように呟いた。
「なんかさ……、亮は私と付き合うことになったら、もっと喜んでくれると思ってたのになぁ」
「え?」
「……やっぱりあの子の事が気になってるんでしょ?」
「まさか。確かに朱莉の事は友達として好きだけど恋愛感情なんて無いですよ。俺が彼女にしたいと思っているのは美玲さんだけです」
つないだ手に少し力を入れて美玲さんに微笑みかけると、「ん、信じてる」と微笑み返してくれた。
駅に着き改札を通ってホームまで行き二人で電車を待っている。しばらくするとホームに電車が入って来てドアが開く。
「また明日、会社でね」
美玲さんは手を振りながら電車に乗って行った。
美玲さんを見送った後、俺は反対側のホームへ行って電車を待つ。
「彼女、か……」
* * *
自室に戻るとまだ朱莉は帰ってきていない。まさか弟君とエッチな事をしているんじゃないだろうな……。
そんな事を考えていると、しばらくして朱莉が帰ってきた。
「亮君、おめでとう! 美玲さんと付き合うことになったんだね」
笑顔で祝福してくれる朱莉に対して、何故か苛立ちを覚えてしまった。
「朱莉、弟君となにしてたの?」
すると、朱莉はレイーシャモードで話し始めた。
「美玲さん攻略の妨げとなる一維さんの対策を講じる為に、直接一維さんから情報を得てきました」
「一維さんは極度のシスコンで美玲さん以外の女性に全く興味がありません。私が誘惑して美玲さん以外の女性にも目が行くようにします。その後、一維さんに女性との出会いを工作します」
「その為に今日一日、私の機能を使用して一維さんの周囲にいる女性を調査していたのですが……」
「朱莉の機能?」
「はい、私のナノマシンを、小型のドローンとして散布し情報を収集しました」
何でもありだな。未来の技術ってすごいんだね……。
「一維さんの事を好きな女性は少なくとも12人います。学生時代からの知人、職場の同僚、良く行く店のスタッフなどです」
「もてるんだな」
「一維さんの容姿とスペックからすると妥当でしょう」
「なんか傷ついた」
俺が肩を落とすと、朱莉モードの口調になる。
「亮君の良さは私がよく知ってるからいいでしょ♡」
「……うん!」
俺が顔をあげるとレイーシャモードで説明を続けた。
「それらの多くは一維さんとの接点はほぼ無く、このままでは交際には至らないでしょう」
「性格、価値観、容姿などを勘案して相性が良いと思われる相手は3人程度に絞られます。彼女らに一維さんと仲良くなるきっかけを作り交際するように誘導します」
「なーんだ、朱莉が弟君と付き合うわけじゃ無いのか。良かったー」
と言った後にハッとする。良かった? 俺は美玲さんの事が好きなのであって、朱莉が弟君と仲良くなっても別にどうということは無いはずな訳で……。
自分が口にした言葉に対して一人で戸惑っていると、朱莉は力強く言い切った。
「そんなの当然だよ! 私は亮君専用なんだから!」
俺専用。その言葉に思わずドキッとしてしまった。朱莉は俺の心の揺れを敏感に察知したのか、抱きついて誘惑をする。
「ふふっ、今夜もイイコトしょっか?」
俺は朱莉から目を逸らす。
「浮気するのは気が引けるし……」
「そっかー、美玲さんと付き合うことになったんだもんね。でもね、私はロボットだよ。物なんだからセックスじゃないし、浮気でもないんだよ」
「そういう問題じゃない気がするけど……、それに美玲さんにすぐばれちゃうから……」
苦笑いで応える俺の頬に包み込むように両手を当て甘く囁く。
「美玲さんにはバレないように私のナノマシンで亮君の表情と顔色を上手に偽装するから心配ないよ。しようよ」
朱莉はそのまま俺をベッドに押し倒して、唇を合せて身体に手を這わせる。
罪悪感に胸がチクリとしたが、迫る朱莉を拒絶出来るわけも無く、そのまま抱き合うのだった。
* * *
翌日、家を出るときに朱莉が俺を呼び止める。
「美玲さんに聞かれても堂々としていればいいよ。亮君の表情を私のナノマシンで誤魔化すから」
「お、おう」
朱莉の事だから未来のオーバーテクノロジーで上手くやってくれるんだろう。
そう自分に言い聞かせて、一抹の不安を抱えつつも会社に向かった。
会社に着くと美玲さんを見かけたので恐る恐る挨拶をした。すると、美玲さんは俺の顔をじっと見つめて問う。
「昨日はあの子とヤってないでしょうね?」
「はい……」
やはり確認された。朱莉に堂々としていろと言われたので、内心ドキドキしながらも出来るだけ堂々とした。
「よろしい」
どうやら誤魔化せたようだが、物凄く後ろめたい。美玲さんは周囲をきょろきょと見回して、人がいない事を確認後すると俺にキスをした。
唇が離れると、美玲さんは「ご褒美」と言って可愛く微笑んだ。
こんなに可愛い彼女をだましている事に、罪悪感で胸が痛むと同時に自己嫌悪に陥るのだった。
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