7.晴れない

 ――月曜日。


 今日も朱莉に見送られて会社に向かう。


 会社に着き美玲さんに挨拶をすると、普段と変わらぬ様子で返してくれた。


 仕事中、俺は美玲さんに近づいて小声で話し掛けた。


「一維君と一つ屋根の下で過ごしたんですか?」


「何よその言い方。部屋は別々だったわよ。大体一維は弟なんだから何にもないに決まってるでしょ」


「一維君が言ってましたよ。再婚した親の連れ子同士だって。なら血はつながって無いんですよね? 男女の関係になることも……」


「んな分けないでしょ。一維は弟なんだから、そんな気にならないわ」


「美玲さんになくても一維君は美玲さんの事を女として好きですよ、そう本人が言ってたんだから」


「え、ホントに?」


「昨日俺が帰るときに、美玲に近づくな! って凄んできましたよ」


「一維がどう思っているかは知らないけど、私がその気にならないから問題ないでしょ?」


「本当ですか……?」


「それよりも、亮……。あんた、またあの子とヤったでしょ?」


 俺はギクリとして表情を強張らせてしまう。


「何で分かるんですか?」


「あんたの顔色を見れば分かるわよ! 私と付き合ったらあの子とはヤらないんじゃなかったの? この浮気者!」


「え……、俺達ってちゃんと付き合ってましたっけ?」


「はぁ? 昨日そんな雰囲気になったじゃない!?」


「いや、まぁ、いい雰囲気にはなりましたけど、美玲さんに好きとか付き合うとか言われて無いですけど……。キスも結局できなかったし」


「キスしたらいいの!?」


「そうじゃなくて、美玲さんは俺の事好きなんですか?」


「そうじゃ無かったら、キスしようとはしないでしょ!?」


「その辺を美玲さんの口からはっきりと言葉にして欲しいんですが……」


 美玲さんの顔は真っ赤だ。


「す……」


 俺は息を呑んで美玲さんの口元を見つめるが……。


「仕事中に何を言わせようとしてるのよ! ばかー!! もういい、あんたがあの子とヤるんだったら、私も一維とヤってやるんだからね!」


 ベテラン女性社員が俺達の方をジロリと見る。


「コラ、そこの二人。痴話喧嘩は勤務時間外にやりなさい」


「「すいません」」


 怒られてしまったので、その後は黙って仕事に打ち込んだ。多少の残業を終えて帰り支度をしていると、美玲さんが近寄ってきた。


「亮。ちょっと話があるから食事に付き合ってよ」


「はい、俺も話がしたいと思っていました」


 俺と美玲さんは近くのファミレスに向かって歩き出した。



  

  * * *




 美玲さんと二人で歩いていると弟君が出現した。


「姉さん! いやー、こんなところで会うなんて偶然だね」


 絶対嘘だ。待ち伏せしてただろ?


「もしかして今からゴハン行くの? 俺も一緒してもいい? いいよね!」


 白々しい……、最初から美玲さんと食べに行く気だったくせに。


「亮くーん」と俺を呼ぶ声がする。振り返ると朱莉が手を振ってこちらに向かってかけてきた。


「偶然だね! あ、美玲さんこんばんはー」


 まさかの朱莉も乱入。どうする気だ? 美玲さんを見ると引きつった笑顔をしている。朱莉は弟君に視線を向けて俺に聞く。


「この素敵な人も亮君の同僚なの?」


「いや、違う。美玲さんの弟で蓮本一維君だよ」


「一維さん、私は亮君の幼馴染の琴田朱莉です。よろしくね!」


「よろしく……」


 弟君は軽く頭を下げる。若干顔がにやけているか? まぁ、朱莉の圧倒的な可愛さに魅了されるのは男なら仕方ないが。


 朱莉は何か策があって俺達と合流したはずだから様子を見るか。


 美玲さんと二人でじっくり話したかったが、今日は無理そうだな、と思いながら四人でファミレスに入って行った。




 * * *




 テーブル席に美玲さんが座る。俺がその隣に座ろうとしたら弟君が割って入ろうとしたが、朱莉がつまづいて弟君の腕にしがみついた。ナイス朱莉! 俺はその隙に無事に美玲さんの隣に座ることが出来た。


 朱莉は弟君に「すいません」と微笑みかける。弟君は朱莉の可愛い微笑みにやられたのか少し顔が赤くなっている。「気にしないで、大丈夫?」と紳士ぶっているものの、朱莉の胸を押し付けられているのでデレているのは確実だ。


 朱莉は俺が美玲さんの隣に座れるようにやってくれたのだろうけど、なんとなくイラっとするな。


 その後、朱莉が座りその隣に弟君が座った。俺の正面に座った弟君は口元は笑いながら俺に鋭い眼光を向けていた。


 注文した料理がテーブルの上に並べられるが、何ともピリピリした雰囲気での食事だ。美玲さんも弟君も黙っている。そんな空気の中でも朱莉はぶりっ子気味に話し出した。


「一維さんって、素敵ですよね。付き合っている人とかいるんですか?」


「いえ、いませんよ」


「最近、私、振られちゃったんですけど、一維さん、私と付き合ってみませんか?」


 朱莉は弟君を誘惑して、美玲さんへの執着を逸らすつもりなのか。俺の為にやっているのは分かるが、なんか胸から腹にかけてムカムカする。


「い、いえ、僕には好きな人がいるので遠慮します」


 顔が少しにやけているものの、朱莉の誘惑に耐えただと? やるな弟君。俺が感心していると、美玲さんが胡散臭いと言わんばかりに朱莉に問う。


「朱莉ちゃん、本当に一維の事が気に入ったの? もしかして……」


 美玲さんが何かを言おうとしたのを遮る様にして、あざとい笑顔で言う。


「はい! 一目惚れしちゃいました!」


 美玲さんは半眼で見ている。弟君は耳まで顔が真っ赤だ。朱莉のあの可愛さに耐えられる男などこの世にはいないだろう。


 食事が終わるまで朱莉はグイグイと弟君を口説いていた。俺と美玲さんはあまり口を開かずにその様子を見ていた。




 * * *




 食事が終わり、ファミレスの外まで出ると、朱莉は弟君の手を引いて誘う。


「少しだけ二人きりで話しませんか?」


「しかし……」


「私の事、嫌いですか?」


「そうじゃないけど……」


 朱莉はあざとく上目使いで弟君に迫る。弟君は苦笑いをしつつも首を横に振る。


「なら少しだけ!」


 朱莉は弟君を引っ張ってどこかに行ってしまった。直後に俺のスマホにメールが来た。


「私が一維さんの気を引くので、亮さんは美玲さんと上手くやってください」


 やはりそうか。でもなんか俺の心はモヤモヤする……。


 とはいえ、せっかく二人きりになれたので俺は美玲さんと二人で歩く。


 人通りの多い所から少し離れたところにある、神社の境内に隣接している公園に立ち寄った。 


「朱莉ちゃんが一維と仲良くしているとき、面白くなさそうな顔してたよ?」


「そんな事……」


 美玲さんはまじまじと俺の目を見つめ反応を窺っているようだ。確かに弟君と朱莉仲良くしているのを見たらなんか嫌な気分になった、でもこれは……。


「俺の事を好きって言ってた子が、他の男に言い寄ってたのを見て少し寂しいような気がしたのかもしれない」


「ならそういう事にしてあげる」


「あの子も、亮の為に一維を私から引き離そうとしているみたいに見えたから……」


 美玲さん鋭いな……。俺の顔見ただけで、ヤったかどうかわかるし、感がいいんだろうか。


 それにしても、この落ち着かない感じは何なんだ? 朱莉はロボットだ。恋愛感情なんかある訳ない。でも……。


 俺が言いようのない気持ちに戸惑っていると、美玲さんが俺の目を真っ直ぐに見つめて、真剣な表情で言う。


「私は亮の事が好き」


 美玲さんが踵を浮かせて、俺に顔を近づけてきたのでそのまま唇を重ねた。


「私、重い女って言ったよね? もう、亮を朱莉ちゃんに譲らないからね」


 俺は美玲さんを抱きしめてもう一度キスした。


 遂に憧れの美玲さんと恋人になることが出来た。


 にもかかわらず、俺の心は晴れやかとは言えない状態だった。

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