5.何も覚えてない

 今日も美味しそうな香りで目が覚める。


 テーブルには、朱莉が準備してくれた朝食が並んでいた。


 背伸びをして起き上がり、テーブルについてありがたくいただく。俺の正面で朱莉も食べてるけど、ロボットでも食べるのかな? 俺の視線に気が付いた朱莉は俺の疑問を察したのか説明をする。


「食事の必要はありませんが、一緒に食事を摂るというのもコミュニケーションの一つです」


「なるほどね。確かに一人で食べるより二人で食べた方が美味しく感じるもんな。でも、食べ物が体内に入っても大丈夫なの?」


「私の体はナノマシンの集合体であると説明しましたが、それらが食べ物を分解してエネルギーに変換したり、他の物を合成することも可能です」


「へー、凄いんだな」


 いつものように感心する。人の目から見て、朱莉をロボットと見分けることはできないよな。人並外れて美人だってこと以外は特に不自然なところは無い。




 さて、今日は仕事も休みだし何をしようかな? そう思ったところで、スマホがブルブルと震えだした。


 スマホを確認してみると、蓮本さんから電話だ。珍しいなと思いながらも通話のアイコンをスライドさせた。


「ゴメン、休みの日に電話して。ちょっと話したいから出てこれる?」


「もちろんですよ、すぐ行きます」


 蓮本さんの住んでいるところの近くのカフェに車で向かった。




 * * *




 待ち合わせしたカフェに入ると、蓮本さんは既に来ておりテーブル席に一人で座っていた。、


 俺がその向かいに座り蓮本さんの顔を見ると、表情は少し沈んでいる様に見えた。


「昨日は荒川君が私を部屋まで送ってくれたんだよね? 部屋に着いてからの事、何も覚えてないんだ……。私、荒川君に変な事、言わなかった?」


「ええ、言いましたよ。俺に愛してる! とか言って抱きついてセックスをおねだりして大変でした」


 俺が半笑いでそう言うと、美玲さんは目を吊り上げて声をあげる。


「んな事しとらんわ!!」


「……、蓮本さん、記憶とか無くしてないですよね?」


 蓮本さんは顔を引きつらせて「うっ」と唸る。


「俺の事を好きって言ったのを気にしているんですよね? 分かってますよ、酔った勢いだったことくらい」


 蓮本さんは珍しく動揺しているのか、目を見開いて黙っている。そんな表情も可愛いなと思いつつ俺は続ける。


「普通にしててください。俺は急がず慌てず蓮本さんの気を引きますから」


「私の気を引くとか言いつつあの子と仲良くするんでしょ?」


「あの子? 朱莉ですか? いや……だって、隣に引っ越して来てからはしょっちゅう俺の部屋に入って来るし」


「えー、隣に住んでるの? なら毎日……てるの?」


「はい? なんですか?」


「ヤってんのかって聞いてるの!」 


「昨日はヤってません」


「ヤって無いのは昨日だけかよ!? あんたねぇ、私の事好きなんでしょ? それなのに他の子とそういうことしてるってどうなの?」


「でも、朱莉が迫ってくると断り切れなくて……。蓮本さんを俺の彼女に出来れば強く断れるんですけど……」


 蓮本さんは眉をひそめて、ため息をついた。


「遠回しに私にヤらせろって言ってるみたいに聞こえるよ?」


「まさか。蓮本さんが俺の事を好きになってくれないと意味ないですよ。ヤるだのなんだの言ってないで、今日はデートしてくれませんか?」


「いいよ。昨日のお礼を兼ねて今日は付き合うわ」


「蓮本さんとデートできる日が俺の人生に訪れるなんて……。感激です」


「はいはい、分かったから。それでどうするの?」


「あ、ノープランです」


「だと思った」


「でも蓮本さんとなら、そこら辺をブラブラ歩くだけでも幸せです」


「女を口説くのにそこら辺をブラブラするだけのデートを誘う男ってなかなかいないよね。ある意味斬新かも」


「それほどでも」


「皮肉に決まってるでしょ。あんた、なんか態度に余裕があるよね。もっとあたふたすれば可愛げもあるのに生意気」


「あ……、そう言われれば確かに。蓮本さんと二人きりで話してるのに以前ほど緊張しない」


(童貞卒業して女に免疫ができたか)


 蓮本さんは何かを呟き軽く舌打ちした。


「あの、蓮本さんも最近ちょいちょい俺に対して口が悪くなってるの気が付いてます? 俺の事、あんたとか呼んでますよ」


「えー、そうかなー。そんなことないでしょ? 荒川君」


「……できればプライベートで会っているときは名前で呼んで欲しいんですけど」


「亮君、それとも亮って呼び捨てして欲しい?」


「呼び捨てでお願いします!」


「ん、分かったわ。私の事も名前で呼んでいいよ」


 意外とあっさりOKしてもらえた。さらには名前で呼んでもいいですと? 俺はつい興奮してしまう。


「美玲さん!」


「なによ?」


「大好きです!」


「ばか」


 美玲さんは一瞬視線を落とした後、俺の額を軽く指ではじいた。でも、なんかいいなこの感じ。今までと全く違う。恋人ではないけど、ただの先輩、後輩でもない。この数日で距離が縮まっていると実感できる。


 俺が小さな幸せに浸っていると美玲さんが言う。


「ちょっと買い物付き合ってよ」


「買い物デートですね! どこへでもお供します」


 そんなわけで、俺の車で買い物デートする店まで移動した。




 * * *




 そして到着したのは家電量販店。


「美玲さんって家電女子だったんですね?」


「違うよ。お風呂の電球が点かなくなったから、買いに来ただけ」


「……」


 LED電球を買って早くも買い物終了。店を出て車に向かって歩きながら俺は溢す。


「なんか、思ってたのと違う……」


「この後もどうせ暇でしょ? だったら電球を交換しにウチに来てよ」


「行ってもいいんですか?」


「亮が昨日のあの状況でも手を出さない程のヘタレ、じゃなくて紳士だってことは認めてあげる」


「昨日のアレって手を出してもいいやつだったんですか?」


「ん、なにが?」


 笑顔でとぼける美玲さん、可愛かったら何でも誤魔化せると思ってるよな……。


 それでも、美玲さんの部屋にまた行けるのか。今は酔っていないし、いい雰囲気になったら手を出してもいいんだよな……?


 俺は胸を弾ませながら、美玲さんのマンションまで車を走らせた。

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