四・五
どうして栞を助けられないのだろう。
何故どんな対策を講じても彼女は死ぬのだろう。
三万個目くらいの世界で、僕はようやくその疑問の答えに辿り着いた。
簡単な話である。原因が多すぎるのだ。
人が死ぬ理由なんていくらでもある。事故に他殺に自殺に災害。探せばきりがない。それら全てを並の人間が一人で防ぎきろうなど到底できないだろう。
そう、並の人間ならば。
だったら人間をやめればいい。これまでの僕が無力な一般人だったのなら、これからの僕は超人になろう。
例えば超能力者の僕を。
例えば魔法使いの僕を。
例えばスーパーヒーローの僕を。
この世界でそれらが語りえぬものだったとしても、他の世界ならあるいは語りえることかもしれない。それに、事態が無限にあるのなら、中にはこんな事態があったっておかしくはないはずだ。
だから僕は探してみた。僕が無力でない世界を。
それは案外あっさりと見つかった。
何故魔法や超能力が使えるのか。
そう疑問に思うかもしれない。その答えは至ってシンプルである。
その世界がそういう世界だからだ。
命題二・〇一二、「論理においては何一つ偶然ではない。あるものがある事態のうちに現れうるならば、その事態の可能性はすでにそのものにおいて先取りされていなければならない」
世界は事実に対しア・プリオリに存在しているものだ。ある事態が、何の因果も無く成立することはない。ある事態が成立するためには、それが成立する可能性を世界が始めから内包していなければならない。
命題六・四一、「世界の中では全てはあるようにあり、起こるように起こる」
事実とは起こるべくして起こるものなのである。僕らが今いるこの世界に魔法使いがいないのは、この世界に魔法が存在する可能性がないからにすぎない。だから魔法が存在可能な世界であれば当然魔法使いも現れうるのである。そういうわけで、違う世界の僕は簡単に超人になることができた。
最初のうちは失敗の連続だった。
人というのは力を持つとすぐにそれをひけらかしたくなる生き物で、力の使い方が分かっていなかった僕もまた例に漏れずその類だった。怪力を使ったり空を飛んだり、炎を吐いたり高速で動いたり、とにかく色々とやった。ヒーローみたいに人助けもしてみた。そしてそのたびに通報されて、病院に送られたり警察に追われたりと散々な目にあったものだ。空自の戦闘機がスクランブル発進してきて危うく撃墜させられそうになったさえある。一番大変だったのは、謎のヴィラン組織が出てきて街を破壊しだした時だ。あんなコミックみたいなことが現実で起こるものかと宇宙の奥深さを知った。
それでもトライ&エラーを繰り返して、僕はようやく力の使い方を知った。ベンおじさんの言葉が役に立った。大いなる力に大いなる責任が伴うのは、力をむやみやたらと使いたがるからだ。不特定多数の誰かのために力を使えば当然面倒事も増えよう。だから僕は栞を守ること以外で力を使うことをやめるようにした。世界によって力の種類は違えど、超人的な能力を手に入れた僕は栞の身に襲い掛かる危険を全て振り払うことに尽力した。
けれど結果はいつも同じだった。
どんな力をもってしても彼女は死んだ。不死身の肉体を手に入れても、音より速く動いても、あらゆる原子を操り火星の砂からガラスの塔を作れるようになっても結末は変わらなかった。
一番多かった死因は、あの謎のヴィラン組織によるものだった。どうやらいわゆる超常的現象が起こりえる世界では大きかれ小さかれこの手の組織が存在するようで、栞はいつもそいつらのせいで殺された。ある時は強姦され、ある時は誘拐され、ある時はテロに巻き込まれた。
こうなれば対策が必要だ。
なに、簡単なことである。
そいつらが現れなければいい話だ。
だから僕は組織の連中を全員消した。幹部も、下っ端も、取引相手も、少しでも組織と繋がりのある人間は片っ端から殺していった。こういうのは始めるのが早ければ早いほどより多くの脅威を抹消できる。組織を潰すことは、記憶を引き継いでからすぐに行う、いわばモーニングルーティンのようなものとなった。
やがて一日で組織と繋がりのある者全てを殺せるようになった。
——それでも栞は殺された。
本拠地も、構成員もまるで違う別の組織に。
いいだろう。そいつらも殺してやる。
僕は新たな組織について徹底的に調べ上げて、次の世界で二日がかりで両組織を壊滅させた。
そしてらまた別の組織が現れた。
トライ&エラー。
いくつ組織を潰しても、また新たな組織が現れた。
何度やり直してもこのクソったれな漸化式は解けなかった。
やがて栞以外の七十億人を全て殺さないと終わらないに気づいた。
僕はこの解法を諦めた。
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