四・四

 世界は残酷だ。ただ一人を救うためにどれだけもがき苦しんだところで、希望を奪い去ってほくそ笑む現実という名の悪徳が栄えるのみ。挑戦に意味など無く、悩める仔羊に祝福は訪れない。孤独な反逆者に世界は冷たかった。


 命題六・四三、「善き意思、あるいは悪しき意志が世界を変化させるとき、変え得るのはただ世界の限界であり事実ではない」


 まったくもってその通りである。どれだけ強い想いを持っていても、変わるのはいつも世界だけで、栞の死という事実は変えることなどできなかった。


 可能な限りの手は打ったのだ。技術とコネを駆使して万全の防犯設備を整えてみた。専属のボディーガードを雇ってみた。僕自身がボディーガードにもなった。地下の核シェルターに隠したりもした。栞に冤罪を着せて刑務所にぶち込んだことだってある。栞の傷心と恨みを買ったが、確実な安全が保障されるのならば安いものだった。


 だが栞は死んだ。


 防犯対策は無意味だった。ボディーガードは彼女もろとも殺された。核シェルターの空調の故障で彼女は窒息していた。刑務所は大地震によって彼女と共に消えてなくなった。


 どんな努力も、どんな足掻きも、世界という巨大な力の前では意味を成さなかった。全ての世界の全ての選択が、まるで螺旋を描くかのように一つの結末へと収束するのだ。その度に、僕はまた青く輝く右手にすがった。


 世界を変えると毎回必ず、これまでの全ての僕の記憶が流入してきて吐きそうになった。生きている栞を見るたびに泣きそうになった。彼女は生きて、僕の隣で笑っているのに、夏が明ける前に死んでしまう。何をしようと死んでしまう。


 トライ&エラー。世界を変えて。トライ&エラー。彼女が死ぬ。トライ&エラー。僕が無力なせいで。トライ&エラー。彼女は死ぬ。トライ&エラー。永遠に続く。トライ&エラー。堂々巡り。


 これではまるで、世界が栞を殺すためのマッチポンプに加担しているようだ。


 嗚呼、神よ。

 クソったれな世界よ。

 これは罰なのか。

 変えられぬ運命の理を破ろうとした僕への罰なのか。

 誰か助けてくれ。

 栞はまだ闇の奥に囚われたままなんだ。

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