第13話 死者たち

 12月11日未明。

 二代目『炉』を破壊するため、「Lv.Xレベルクリット」率いる大軍勢によるセドナ侵攻が始まった。





 ――セドナ行政局、臨時警護室。

 兼局長専用通信作戦室。


『……ジッジ……ズズ…………ダメです! こちら第三小隊まで沈黙!』


「第二班! 迂回してください! 二代目の北方の敵を挟み込んで!」


『…………こちら地…………部。新たに十体の執行者が……! その中の……人はLv.Wレベルスパン以上、……がLv.Xレベルクリットだと思……ます‼』


「ソイツらには手出し無用です、見逃してください‼ その代わり、周囲の浮いたコマを少しづつ狩って」


『……? では、誰があのバケモノを止……、トレーサー‼』


「既に向かっています。――私達の擁する、2つの伝説が」



 ――同時刻、「棺」南東の外周部。

 平たく言えば構造物の上。



「――来るか」


 最も狙われやすい地点に、彼はたった一人で立っていた。

 今は大勢の新掃者が棺の中へ雪崩なだれ込み、背中など見せようものならすぐに刺されてもおかしくない状況。

 そうなっていないのはなぜか。


 ――異質だからだ。

 新掃者は確実に目標を達成するため、二人以上の小隊ネームカードで動いている。

 少なくともラジオトレーサーの感知により、現場にはそう伝わっている。

 だからこその「浮いたコマから狩れ」という司令だったのだが。


 その中に一つだけ。

 まるでそれが必要ないとでもいうかのように、単独で遊撃する執行者。

 その佇まいを見れば誰だって理解してしまう。


 ああ、自分は勝てないのだと。



 だからこそ。

 上層部はこの敵を最も信頼の置けるものに託したのだ。

 目下最大戦力……伝説のスナイパーたちに!



 ――ギュンンンッッッ‼ 


「ッ!」


 瞬間、2つの視線が錯綜する。

 それは当事者たちも気づけたか疑わしいほどの刹那せつな

 彼女は決して止まらなかった。

 男の体と拳が衝突した後も――


「――――!?」


 少女は感覚をいぶかしんだ。

 少年は目をこすった。


 当たったはずだ。

 あまりの速度に反応すらできず、執行者は打ち砕かれたはずだ。


 印南いなみを襲う悪寒の原因は、新しいベクトルの恐怖だった。

 自分の常識が、積み上げてきたものが、一瞬で無に帰されてしまう、それを警戒した恐怖。


 だから……遠方で起きた事象を認め、それを事象に反芻はんすうすることすら躊躇ためらわれた。


 吐息を漏らさないように雪を口に含み、彼はうめいた。


「……すり抜け、た?」


 顔面を狙った一撃だった。

 素のスペックは普通の少女以外の何者でもないサカリィにとって、人間を殴るのは自分にもダメージを与える。

 よって相手を直接狙撃するわけではない。

 必ず相手の直前に射線をおき、最後は普通に殴る。

 しかしあまりの速度が視覚を惑わし、本人の他にその工夫に気付けるものはいない。

 横着するために敢えてアッパーカットを選ばないのも理由に含まれるだろう。


 ……だからこそ、だ。

 そんなことありえないと分かっていても、そう処理するしかなかった。

 それもまた不可能だというのに。


(すり抜けてるんじゃない‼ 避けたんだッ! 次は当てる、今度こそ――もっとはやく!)


 返す刀を許さない。

 氷雪のスリップを利用して、瞬きほどの間に振り返る。

 反転。


「――――!」


 お互いに、相手の双眸そうぼうに体が吸い込まれるような感覚を味わったことだろう。

 いや――もはやその知覚すら追いつかないはずだ。




 ズザザザアアア‼ と。

 足と地面の摩擦だけが虚しく残る。



 傍観者を捉えたのはスナイパーの残像だった。

 間違いない。

 両者の体が重なってなお……


(クッ――⁉ マズい、避けろっ‼)




「あ、あああああぁぁぁぁ!」


 2回のスナイプをなんの収穫もなしに終わらせた狙撃手に対し、彼が出した結論は冷たかった。

 世界よりずっとずっと。


 スッ、と。

 右の毒手を構える。

 標的へ突き出す。



 互いの距離は50メートル。

 彼女自身の心が生んだ隙を縦に突き刺すかのように……、



地獄の門イガラック



 ――紫色がほとばしった。



「     、      。」



 聞いたこともない高い音が吹き荒れる。

 空気が芯から震えている。




 、かすめた。




 あと半歩の差で間違いなく彼女は肉体の6割を失っていただろう。

 式を開く間もなかったのだ。



 ほのかに熱風を浴びた方の眼球で、サカリィは惨状を確認する。



 ……直線上に広がる、「破壊」。



 弾丸は真下の地面を抉りとりはしなかった。

 しかし膨大な熱が遅れて伝わり、くっきりと車もない時勢にわだちを残している。




 そして破壊力の証拠は横にも広がった。

 軌跡の真下だけでは飽き足らず、横へ横へと氷が溶けて黒い大地があらわになっていく。



 この地にユダヤ人が住んでいたのなら、きっとモーセの一節を呟いただろう。




「……、」




 少女はへたり込んだまま。

 思考がうまくまとまらず、勝利のイメージが湧いてこない。

 一芸だけに頼ってきた分、心が強くはできていない。




 それはセドナ最強の新掃者としていささかばかりの義務感か。

 せめてゆっくりと顔を上げ、印南を鼓舞しようと思った。


 だから、気づいてしまった。


 記憶の中にしかなかった、その顔、その雰囲気、そして。


 そのニラク



はやくなったな、サカリィ。

 うん、うん、オレの見立ては間違ってなかった。

 ……まさかこういうベクトルで大成するとは、思わなかったけどな?」 


 男は、旧知の知り合いのように。……ではなく。

 復讐者の顔つきで、歪に歯を見せた。


「……コラ、ゾン、さん……?」

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