第14話 氷解

「あ、あ、あぁぁぁぁぁぁぁ‼‼‼」


 喉から熱を吐き出しながら、サカリィ=ヤコンは動き続けた。

 何度も。

 何度も。

 何度も。


「は、あ……あああ‼」


 顳顬こめかみ。額。眼球。顎。首。肋骨。肝臓。腎臓。鳩尾。膀胱。睾丸。


 攻撃する急所と、用いる肉体的凶器を変更し、様々な組み合わせを試みながら。


 急所がダメならどこでもいい。

 考えうる全てのパターンを試したはずだ。


 肉体がダメならなんでもいい。

 雪玉や石を掴んで投擲とうてきした。


 その時間、およそ200秒。

 ノンストップで動くため、四肢に次の「式」を纏わせて。


 それでも。


「違うぞ、サカリィ。

 透過力Lv.Xレベルクリット現世げんせい物質の遥か上を行く。

 そんな方法じゃ当たらない」


 轍が数を増やしていく。

 両儀、四象、それから六条りくじょう

 幾度も一点で交差し、大地を幾何の踊り場へと変貌させる。

 方角によっては棺を――十数年の絶対防御を終わらせた。



 それも当然かもしれない。

『棺』がセドナの歴史なら、彼はそれを始めた男だ。

 大穴からは紅い世界への入口が覗き、二人のスナイパーを招いていた。



「ッ‼」



 耐えきれず、印南は弾丸を放った。

 その決死の覚悟に反して、標的となった男は「ん、」と軽く呻いただけだった。

 これも透過。

 鉛も水素含有物も、およそ一切のニラクと物理攻撃を無力化する。


 ガン、という音は印南には届かない。

 漂着点を見失った鈾弾ゆうだんが、離れた氷の地面へ突き刺さった音だった。


「ほぉ。もうひとりか」


「どうして。どうして撃った、印南いなみ‼ いま撃ったって居場所を晒すだけでしょ⁉」


『……見てられねーよ』




(あんなに苦しそうなサカリィ、今まで――!)



 金の少女は、自分から力が抜けていくのを実感していた。

 凍らせた心が溶けていく。

 じわじわと。

 築いた足場が崩れていく。


「あ、――あ」


 思い出すのは炉心融解メルトダウン

 幼き日に見たあの悲劇。

 心の拠り所をすべて失い、そして一人で戦える力に渇き。


 ――スナイパー「サカリィ=ヤコン」となった、あの夏。


 彼女そのもの。

 決して否定されてはいけないもの。


ああああああああああああああああああああやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだ‼‼‼‼‼」



 もう動けなかった。

 足は凍ったように、彼女を過去に縫い止める。

 もらった言葉はくさびのように、彼女の心を縛り上げる。


「……………………………………………………………………………たすけて



 死も生も受け入れられず、伝説のスナイパーは亡霊を気取った。



 もはや弾倉が現れることはなかった。

 勝利を微塵も疑わず、執行者は謳った。


「少し追い込みすぎたな。心も体も――穴だらけだぜ」


「……! くっ……!」


 喀血。

 唇から垂れる血が南極に新たな彩りを加えていく。


 門の向こう側よりももっと黒く鈍く、生々しい血のしたたり。

 内臓、ひいては体内細胞の激しい損傷。


「オレと接触しすぎたな。加えて弾丸のすぐ近くにいたんだ。

 思い出したか? これが炉の汚染だ。

 まーガンのリスクは拭いきれないけど、ハゲはしないから安心しろ」


「どうして、どうして、どうして!」


「あん?」


「……どうして‼ どうしてその命令を受け入れた。

 『炉を壊す』だと⁉

 けいがしたことを思い出せ! 消えていくはずだった命をいくつもいくつも繋ぎ止めただろうがッ‼

 ふざけんなっ。兄の道程どうていを否定されたら、炉はどうなる!? セドナはどうなる!? リィたちの価値はどこへ行くんだ‼」


 熱を帯びた液体がこぼれた。 

 すぐに世界と同じ温度になって、彼女の肌を落ちていく。

 顔は冷えたのに、頬と腺だけがひどく上気している。


 鉄。

 金属の味で口内がいっぱいになる。

 形の崩れたおはぎのように体を丸め、彼女は少しでも苦しみから逃れようとしていた。


 コラゾンはソレを眺め、……憐憫れんびんにより、目を細めた。


「お前らの人生を狂わせたのは『炉』から漏れる猛毒なんだぞ。

 あんなものがなければ……」


「アレがなければ! 今までリィみたいな弱い人間が生き残れるわけ無いだろ……けいに生かされた人を一度数えてみろ!」


「……お前は何も知らない……印南いなみを出せ」


「…………ッ‼」


 奥歯を噛み締めすぎて、砕けるかと、サカリィは思った。


「兄が――印南の、名前を出すなァ!!」


 睨まれている方はというと、演説じみた大げさな挙措で世界に語りかけていた。

 右手の具象式はピラミッドへ。

 左手の具象式は白い大地へ。


「セドナよ、もう終わりにしよう! すべての悲劇に終止符を打とう! 当たり前に生まれて当たり前に死ぬ世界を創る――けどそれは、‼」


「くッ‼」


 いや、大地ではない。

 彼ははっきりと少女へ照準を定めている。

 一流のスナイパーとしてのコラゾンの力が、至近で炸裂する。


「安心しろ、サカリィ。お前じゃ執行者にはなれない」


 ここで初めて、彼は自嘲の表情を見せた。


 数秘文。

 左手に集まった緑色の三重円、それらが独立して、けれど規則的に回転をする。

 迎えたのは洗練された詠唱、それも簡略されつつ強大な力を残すものだった。


『万物の透過は万物の否定にあらず。それは受動的な奇跡なり。

 弾倉よ、回転せよ。銃口を束ね、ここに紫の貴弾とせん。

 我が光条は地獄の礎メッサレラーヴォ……‼』


 同時――サカリィは回避行動を、

 逆に踏み込む形を見せた。

 コラゾンの懐へ。

 何度やってもダメだったのなら、それ以上の回数をこなせば良い。

 かつてコラゾンがセドナを作るときに採用した思想だ。


「……‼」


 少女の足元に、その金の髪よりも鮮やかな緑色の図形が描き出される。

 彼女流、「透過」の予備動作だ。


 そして――


「「!?」」


 驚きの声が重なった。

 お互いが動き始める直前。

 コラゾンの首の真ん中が、サカリィから見て左から貫かれた。

 高位の新掃者による銃弾はそれ自体が透過力を持ち、棺をり抜ける。

 草加印南そうかいなみによるスナイプだ。


「……っ」


 初めてだった。

 あらゆる物理攻撃、法をり抜けてしまう執行者が不快そうな声を出した。

 銃弾を受けた首は何も傷ついていないが、そこに小さな少女は勝機を見た。


 消える。

 神経伝達より先に標的へ近づき、打撃を叩き込むスナイプ。

 鮮血を口からしたたらせつつも、彼女は拳を引き構えた。


「っ‼」


 鈍い衝撃が手の平に帰る。

 氷よりアザラシより、ずっとずっと軽い肉体だった。


 一撃をモロに食らった執行者は、硬い大地を滑走していった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る