第10話 アイキャッチ
初めて出会ったときから、相当の月日が経っていた。
なのに一向にこういうことには慣れないのが少年の短所であり長所だと、傍らの少女には思われていた。
何なら心の中まで見透かされていた。
彼女によれば彼の思考は……
(……マズい、全然。満足させられてない)
その日はとにかくツイていなかった。
ちょっと屋外に足を伸ばして、音楽とかスポーツとか見ようとすれば雨が振り。
さりとて屋内に目を向ければセドナいちの半ミュージアム的な施設は、スタッフの体調不良か何かで臨時休業だし。
女の子が隣にいなければ、道に転がる氷塊の一つでも蹴っ飛ばしてみたかった。
「……ん? 多くね?」
「なんでか不凍剤が不足してるみたいだからね。不溶剤は間に合ってるって聞くのになんでだろう」
マキビシなみに
この程度のことでさえ身に降りかかる不幸に思えてしまい、ますますサカリィに対して申し訳ない気分が増していくのだった。
「ね、あのお店入っていい?」
「入ろーよ」
リクエストがあるのは有り難かった。
たとえそれが共同生活を始める夫婦が最初に立ち寄る電気屋さんだとしても、入場できない巨大複合テーマパークよりは何倍もマシなのだ。
「これください!」
店員が差し出した帳簿にサカリィがハンコを押すと契約は完結だ。
ハンコの中身をもう使い切ったのか、彼女はソレをカバンの一番奥にしまいこんだ。
セドナにおいて経済を管理するのは熱量だ。
熱はそのまま価値となり、今回で言うと店が集めたハンコの分だけセドナ行政局は彼らに導線で熱を供給する。
「……チェキ?」
「フィルムも一緒!」
写真か……。
大昔のことを回想した。
お世辞にも上手くはない印南の絵を称賛した彼女自身が作る芸術とはどんなものなのか、多少の興味が広がった。
「あっ……印南!」
「! ――やった!」
天空に視線をやると脊髄が反射した。
店の扉を少しだけ乱暴に開け、サカリィに呼びかけた。
「急ごう!」
……彼女の手を握ったのは、これで初めてだった。
「わぁ――!!」
散々プランを台無しにされたが、これだけは成功した。
爆発する翠緑の光。
カーテン……ウェッデル海の波間……神秘的な蠢動が天空に現れ、人々は固唾をのんで見守る。
少しの趨勢も見逃すまいと。少しの集中力さえ惜しいと呼吸を止めて。
「……
もう絶景スポットには辿り着いたのだから、手は離しても良かったはずだ。
けれどそんな気持ちは湧いてこず、逆に握力が強まるばかりだった。
「リィのためにこっち方面で組んでくれたんでしょ?」
「……まぁ。予報で見たからさ」
「よいしょ……っと」
下ろしたてで傷一つないチェキを毛皮のカバンから取り出し、少女は上方へと構えた。
「……コレを撮るために? 予報見てたの?」
「いいや? だけどそういうの、
「それは……俺の心の中を? それとも天気を?」
「えへへ、どっちも!!」
ちょっと笑顔が全力すぎて、頭にクラっとくる。
それはともあれ、1つツッコんでみた。
「オーロラがキレイなのは色が付いてるからだよ? モノクロのフィルムじゃ……」
言い終わると同時、早速ガーっと現像された波模様が出てきた。
それを差し出しつつ、少女はこう言ってのけた。
「そうよ。
モノクロなら何色にも塗れるじゃん」
……その言葉を彼はどう受けたのか。
ともあれ少年はサングラスの少女の指をほどき、3歩ほど走って大きく手を伸ばしたのだ。
実は不覚にも、手を離されて不満そうに頬を膨らす少女が
「撮ってよ! ポーズも言うとおりにする!!」
きっと期待していたのだろう。
今とは違う何色か。あるいは漂白された状態で、新しいナニカに生まれ変わるのが。
印南はサカリィの趣味をときどき揶揄したが、その実誰よりも幼いのは他ならぬ彼自身だったのだ。
「
「趣味悪っ。私の妹に手なんて出さないでくださいね」
部下の罵声が飛んでくるが意識は双眼鏡に集中である。
レンズの向こうでは、ちょうど二人が別れたところだった。
しかし。
「――――」
「……マジかよ。気づいて、やがるぜ」
「はいはい。冗談はよしてください。私はもう戻りますから」
ザッ、という音がしたと思うと肉屋の屋根に彼一人だけが残された。
(
印南には若さに見合わない収入があった。
それを眺めて背丈が縮むのはサカリィの方だ。
「…………、」
星実の娘であるにもかかわらず、こうして一日限りの占い屋に入ってきた事実。
それを抜きにしても、コラゾンには彼女が大成する直感があった。
「私は――」
ここまでのやり取りはテンプレすぎて不安になるほど、一ミリも考察から外れない内容だった。
誘導とかの次元を越えて、逆に思考がトレースされている気分だった。
あるいは……それほどまでに、発想と思考回路が似通っているのか。
「新掃者に、なれないのかな?」
ここだ。
ここで講義を始め、彼女から
正確には毒の蓄積。
設計者であるコラゾンにとって、統計的に新掃者の生まれやすい方角だとか座標だとかは、最もにらめっこを繰り返したデータ群だ。何よりも頭に入っている。
彼女を印南と同じ道に。
それが最善のはずだ。
「……そんな力、必要ないよ」
それっきり、とはならなかった。
次に会った時、コラゾンは自身の身分を明かした。
ぐい、と首根っこを掴まれた。
急速に変化する風景だけで、コラゾンは彼女が彼をどこに連れ出そうとしているのか判った。
「タトクレット! 『炉』がどうしたんだ⁉」
「……事故です」
「はぁ⁉」
「冷却装置が正しく動作しなかった。炉の一部はすでに熔けている……
「…………そんな」
少しづつ積み上げてきた人々の信頼。
少しづつ組み上げてきた安全システムと技術体系。
――自分という人間が、今すぐにでも霧散してしまいそうだった。
「消火活動は⁉」
「いま総員で……っ」
「危険すぎる!! 全員撤退させろ!!」
「何を言ってるんです!! せめて新掃者は残すべきでしょう!!
私みたいなのが処分されないのは……まさにこのときのため。
使い捨ての道具として生かされてきたんですよッ!!」
「違う!!」
オーロラはとっくに消え去り、粉雪が頬の熱を奪った。
汗とはほど縁遠く、データの山と向き合ってきた男は初めて激を飛ばした。
「お前らは大切な仲間だ。
もう二度と失わない。
……オレが行く!!」
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