第21話  ルバートの幸せ

「ルバート、貴様は卒業パーティーで何をした?」


「何……とは?」


「惚けるな! カトリーヌを国外追放しただろうが!!!」


「ああ、その事ですか。しばらく姿を見せていなかったのに卒業パーティーでキャシーの側に行くなんて、キャシーに何かするに決まっています。妻を守って何がいけないのですか?」


腹が立つが、セバスチャンはキャシーの味方のようですぐに国外追放の馬車を手配していた。始末すると言っていたから、カトリーヌはもう死んでるだろ。そのままセバスチャンも帰って来なければ良いのに。


「急いでカトリーヌを追ったが、見つからなかった。現在騎士を動員して捜索している。お前のした事がどんな意味を持つか分かっているのか?」


カトリーヌを探す……? 何を言っているんだ。アイツはキャシーの敵だ。探す必要などない。


「お前とカトリーヌの婚約が解消された理由は、説明したよな?」


ああ、叱られるかもしれないと思いながらも父上にカトリーヌとの婚約を破棄したいと申し出たら、ため息はつかれたがあっさり受理された。理由など言っていたか? 私の希望が叶っただけではないのか?


「その顔は聞いていなかったな。だからお前は王家に籍を残せんのだ。カトリーヌは、誰かは分からんが帝国の王子が目をつけていた。無理に破棄させる事も帝国なら出来ただろうが、ルバートとカトリーヌが相思相愛なら諦めると仰せだった。ただ、ルバートがカトリーヌを捨てるなら、止めたりしないでくれとお願いされていた。帝国からの正式なお願いだ。どこで情報が漏れるか分からんし聞かないわけにいかないだろう。帝国から留学してきたヨハン王子も、偵察に来たに決まっている。カトリーヌと婚約破棄した事は卒業まで言うなと言ってあったよな? ヨハン王子とよく一緒に過ごしていたと報告が上がっているが、キャシーと婚約している事は言ってないよな? カトリーヌを国外に手放すのは惜しいから、卒業したらすぐクロードと婚約させようと思っておったのに、お前が国外追放してしまったんだ」


なるほどな……。セバスチャンはカトリーヌが欲しかったのか。なら、もう戻ってくる事はないな。


ルシアンはローザが居ればキャシーに近づく事は無いし、あとは邪魔者はクロードだけか……。


「父上、カトリーヌはきっと無事ですよ」


セバスチャンのあの目は、キャシーを狙っていると思い警戒していたが、どうやら違うようだ。よく考えたら、セバスチャンはカトリーヌの執事だったな。キャシーを狙うわけないじゃないか。ははっ、良かった。キャシーを狙う男が減った。


「何を根拠に無事だと言っている!」


「カトリーヌの国外追放について行ったのは、帝国のヨハン王子ですよ」


「なんだと……?!」


「詳しくはクロードにでもお聞きください。私はもう王家の者ではないのでしょう? 結婚式の準備があるので失礼します」


昔から、スペアとしての扱いしか受けなかった。だが、王子だった事もありチヤホヤはされていた。王城に遊びに来る下位貴族の娘たちはいつも私を取り合うように話しかけてきたが、つまらなかった。そんな時に婚約したのがカトリーヌだ。カトリーヌは優秀で、私とも仲良くしようとしてくれた。家庭教師共はカトリーヌが出来ないと嬉しそうに私に報告に来るが、兄上の婚約者よりカトリーヌの方が確実に優秀だろうと返すと、すごすごといなくなった。


カトリーヌと婚約して、やっと私にも理解者が出来たと思っていたら、聞いてしまったのだ。兄上と父上の話を。


「カトリーヌはずいぶん優秀らしいな。お前の婚約者と取り替えるか?」


「嫌ですよ。私はあの子を愛してるんです」


「そうか、ならカトリーヌは王城から出入り禁止にしよう。比べられてはかわいそうだし、自信を失ってしまう。ルバートは下位貴族の娘たちと懇意なようだし、婿入りさせて、籍を抜こう」


「そうですね。もう僕が王太子ですから」


その瞬間、理解した。私も、カトリーヌも父上達の駒なのだ。理解者になると思っていたカトリーヌも父の意向や兄の一言で簡単に取り上げられる。


そう思ったらカトリーヌに優しくする気が起きなくなり、カトリーヌが私に意見するのも鬱陶しくなった。甘い言葉ばかり言う女といる方が安心するようになり、そんな女は簡単に靡くのであちこちで浮名を流した。


「ルバート、最近おかしいよ? せっかくカトリーヌと婚約したのに、なんで浮気ばっかりするのさ。要らないなら、替わってよ」


宰相の息子のクロードとは、昔から気安く話す仲だった。お互い呼び捨てだし、周りもそれを容認している。今思えば、私はいずれ王家を出るからだったのか……。クロードは優秀で、いずれ宰相になるだろう。王家を出る私より偉くなる筈だ。そんなクロードが欲しいカトリーヌは私の婚約者だ。急に自分が優位になった気がした。


「ダメだ、カトリーヌは私の婚約者だ」


「だったらもっとカトリーヌを大事にしなよ」


今思えば、この時クロードの意見を聞いていれば未来は違ったのかもしれない。その後も変わらなかった私に怒ったクロードとは、あまり話さなくなった。


それからしばらくしてから、キャシーに出会った。キャシーは、私の不安を全て言い当て優しく包んでくれた。だが、キャシーの婚約者はクロードだ。クロードを裏切りたくない。必死で気持ちを押し殺していた時に、キャシーが色気たっぷりに、クロードに相手をして貰えず寂しいから慰めてと言ってきた。キスをしたら、嬉しそうに笑った。


キャシーは私を必要としてくれる。そう思ったら止まらなかった。キャシーが虐められていると聞けば、僅かにあったカトリーヌへ愛情も憎しみに変わった。キャシーの望むままに婚約破棄を願えば、簡単に受け入れられた。


婚約破棄は卒業まで言うなと言われたが、キャシーが内緒と言いながら言いふらしていた。


「ルバート、なんでキャシーが良かったの?」


久しぶりに話したクロードは呆れた顔をしていたが、婚約おめでとうと祝ってくれた。


「カトリーヌに振られたよ」


そう笑っていたクロードに、いかにカトリーヌが酷いことをしたのかを力説した。クロードは、不思議そうな顔をして去っていった。どこか不安な気持ちになる。


「ルバート! クッキー食べる?」


キャシーからクッキーを貰うと、そんな気持ちも消えていった。そうだ、卒業したらすぐキャシーと結婚できる。異例ではあるが、カトリーヌとの式の準備は進んでいたから、卒業してすぐにキャシーと結婚する段取りを進めた。キャシーは養女だから、公爵家は私が当主になるそうだ。卒業してすぐ当主になる手続きが進められていく。


そんな時だった。カトリーヌとローザが登校しなくなり、ヨハン王子が留学してきた。すると何故か、キャシーはヨハン王子に夢中になった。何故だ!


数日もすると、ヨハン王子がキャシーに愛を囁き始めた。それをキャシーもうっとりと聞いている。ありえない。キャシー、君の婚約者は私だろう?


だが、キャシーがヨハン王子を望むなら仕方ない。キャシーの望みが、私の望みだ。そう思っていたのに、ヨハン王子が皆に振る舞う紅茶を飲んだあたりから、頭がすっきりしてどうしてもキャシーを手放したくなくなった。予定通りならキャシーは私の妻だ。問題ないと思っていた。それなのにヨハン王子に帝国に連れて行けなどと言う。……そうか、キャシーは僕よりヨハン王子が良いのか。灼けつくような嫉妬心が生まれる。


だけどね、キャシー。もう、ヨハン王子は戻ってこないよ。


結婚したらすぐに、キャシーを誰にも会わせずに部屋に閉じ込めた。使用人はだいぶ減っていたが、キャシーを部屋から出さないように見張らせ、逃げ出したらクビと言ってある。


そのうち、キャシーの父親達が屋敷から逃げようとして捕まった。


そして……今度は……。


「ルバート、公爵家の領地は返還命令が出たよ。なんにも領地経営してなくて、納税もないから調査したら、自分勝手な領民達が今年はキャシーの結婚祝いで納税は要らないとか言い出してる。困るんだよね。いったん国が立て直して、厳しくしてから公爵家の当主をすげ替える。カトリーヌの従兄弟が公爵になるよ」


「キャシー……キャシーはどうなる……」


「ルバートとキャシーは王家の塔に生涯幽閉。最後のチャンスだよ。ルバート、キャシーとは別れなよ。そしたらルバートは自由だよ」


「キャシーと離れるなら、死んだ方がマシだ!」


「そっか、じゃあお連れして。ルバート、さよなら」


この頃のキャシーは、もうぼんやりとしていてあまり話さない。素直に連れて行かれてくれて、私とキャシーは一生塔に居る。


私は、キャシーと一緒で、幸せだ。だから、キャシー、また前みたいに笑ってくれ。

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