第9話

「王子を守る方法は?」


「王子が食べるクッキーを少しずつ減らすしかありませんね。急激に減らすのは危険です。それから、こちらは身体から毒素を抜く茶です。味は普通の紅茶に近いので、機会を見て王子に飲ませてみてください。ですが王子の場合、クッキーなど関係なくキャシーお嬢様がお好きなようですよ?」


「なんだと?」


「カトリーヌお嬢様とは月に一回茶会をすれば良い方でしたが、キャシーお嬢様に会った日から毎日いらっしゃるようになりました。カトリーヌお嬢様にはまったく会わず、キャシーお嬢様のお部屋で愛を語らっておられましたよ。キャシーお嬢様がクッキーを作られるようになったのは最近ですし、その頃にはおふたりは夫婦のようでした。旦那様も黙認しておられましたしね」


ルシアンが、拳を握りしめて震えている。まずい、あれは最上級に怒ってる。


「最近は婚約者に会いに行く日も増えて、ようやく落ち着いたと思っていたのに! 急にキャシーに婚約者が変更になり、おかしいとは思っていたが、そんな不誠実な事をしていたのか!」


「夜会のエスコートで、不審に思われなかったのですか?」


「僕は夜会は、警備だからね。王子とは会わないんだ。馬車を公爵家に向かわせているのは知っていたけど、婚約者以外をエスコートするとは思わなかった。僕の監督不行き届きだ」


「ルバート王子は、ルシアンに気が付かれないようにしてたのよ。ルシアンはいつも、ルバート王子の浮気癖を注意してくれていたでしょ?」


「当然だ、婚約者を蔑ろにするなどあり得ない」


ルシアンは騎士らしく、とても誠実な性格だ。婚約者もとても大事にしていたし……あ、あれ?!


「ルシアン! ローザは今どこ?!」


「ローザ? 今日も一緒にお昼を食べたよ。今はもう下校して寮に戻っているんじゃないかな。カトリーヌに聞きたいことがあるから下校は別にしたんだよ」


「セバスチャン! ローザが危ないわ!」


「お嬢様の予知ですね。場所は分かりますか?」


「確か……たまたま下級生に質問を受けて、遅くなってたところだったから……食堂前の大きな階段!」


それだけ言うと、私は駆け出した。


「おい! ローザが危ないとはどういう事だ!」


「今は説明している暇はありません、お嬢様! お待ちください!」


……………………


「ローザ!」


いた、無事だわ。ってあれは、キャシー?!


「ローザ様ぁ、またお姉様に虐められますわ」


「カトリーヌ! 妹を虐めているとはどういう事なの?」


その時、階段に見知らぬ男が現れた。多分、こいつがローザを突き落とす。打ち所が悪く、ローザは他界する。落ち込んでいるルシアンに、キャシーが優しく話しかけるのだ。


このイベントの発生条件は、ルシアンがクッキーを食べる事。……でもまだローザは無事だ。なんとか間に合えっ!


「きゃあ! 何ですのこの男! 怖いわぁ!」


キャシーが、逃げた。ローザはキャシーを守ろうとして男と対峙している。ダメ!


「……これで……俺にも……くれるよね……」


「無礼者! 今すぐここから立ち去りなさい!」


ダメ! ローザが死んじゃう!


「うぉりゃあああ!」


……間に、あった……? 男はルシアンに殴られて、倒れた。


「お嬢様、よく頑張りました。もう大丈夫ですよ。ローザ様、階段の側は危険なので、こちらへどうぞ」


「……え、ええ。どうしてルシアンがここに居るの……?」


「ローザ! ローザ!」


「愛しい婚約者のピンチに駆けつける。さすがルシアン様ですね」


「無事か?! ローザ!」


「大丈夫よ。でも、これは一体どういう事?」


「カトリーヌが、予知して助けてくれたんだ」


「……予知?」


「ルシアン様、ここは人も多いので、詳しくは後でお話しましょう。まず、この狼藉者を引き渡してきます。その間、お嬢様をお願いします。ルシアン様なら、おかしな噂に惑わされずにお嬢様をお守り下さるでしょう?」


「もちろんだ。カトリーヌ、ローザを助けてくれてありがとう。ローザ、カトリーヌと一緒に食堂に行こう。怖い目にあったし、2人に美味しいパフェをご馳走するよ。詳しい話は、セバスチャンが戻るまで待ってくれ」


「分かったわ。ルシアンがそう言うなら……でも、カトリーヌは……」


そういえば、ローザも最近冷たい。


「僕はセバスチャンとの約束を違える訳にいかない。ローザ、カトリーヌ、しばらく僕といっしょにいてくれ」


「……わかったわ。カトリーヌにも聞きたい事があったし」


冷たいローザと一緒に居るのは嫌だけど、セバスチャンは居ないしルシアンは絶対に約束を守る人だ。諦めて、ルシアンについて行く事にした。


「ローザ、本当にどこも怪我はないか?」


「大丈夫よ、ルシアンが来てくれて嬉しかったわ。ありがとう」


良いなぁ、ルシアンとローザは愛し合ってる婚約者同士って感じ。浮気三昧のルバートとは大違いよね。


それにしても、ローザがずっと私を睨んでるのなんとかならないかしら。ルシアンとの態度が違いすぎるわ。以前は傷ついていたけど、もう慣れてしまって誰に冷たくされても心が痛まない。


……セバスチャンと、メアリーは別だけど。


「さ、パフェがきたよ。2人とも召し上がれ。僕も食べるから」


ルシアン、必死で和やかにしようとしてくれてるけど、これは無理よ。


「あの、やっぱりわたくし寮に戻るわ。セバスチャンが来たら伝えてくれるかしら?」


「それはダメだ! セバスチャンとの約束を違える訳にいかない!」


「そうよ、わたくしも聞きたい事があるわ」


はぁ、ローザの冷たい視線がつらいわ。ゴミを見る目で私を睨んだかと思えば、ルシアンをうっとり見つめているし……。セバスチャン、早く来て!


「……ローザ、わたくしに聞きたい事とは何?」


ま、どうせキャシーの事よね。


「キャシーから聞いたわ。キャシーのアクセサリーを盗んだんですってね。いくら姉妹でも泥棒よ」


こんな侮辱がある?! 泥棒はキャシーでしょう!


「わたくし、キャシーのアクセサリーなんて取らないわ。取られた事は何度もあるけれど」


「優しいキャシーがそんな事する訳ないでしょう?! さっきも相談を受けていたのよ! 婚約破棄されて当然ね! さっさと公爵家から追い出されてのたれ死ねばいいわ!」


「ローザ! 何を言ってるんだ!!! カトリーヌがそんな事する訳ないだろう! それに、婚約破棄されて当然とか、のたれ死ねとか、ローザはカトリーヌと仲も良かっただろう? 仲が良くない人でも、そんな事言った事ないだろう! 何でそんな事言うんだ!」


「ルシアン、どうして怒ってるの? キャシーを虐めるカトリーヌなんて、死んで当然でしょう?」


「死んで当然な人なんていない!」


「ルシアン、あなたはキャシーの味方でしょう? 何故怒っているの?」


「……僕は、キャシーの味方じゃないよ。ちゃんと自分で判断する。さっきもキャシーが居ただろう。逃げ出したまま戻ってこないなんて、おかしい。ローザが危険な目にあったのに、助けを呼びに行った訳でもない。ローザ、君は危険だったんだよ。それでもキャシーの事を信じるのか?」


「当然でしょう?!」


「……そうか。まさかと思うけど、ローザはキャシーのクッキーを食べたかい?」


「もちろんよ! ルシアンも食べた? 美味しいわよね! 今日はね、たくさん食べたわ!」


「ローザは、クッキーはあまり好きではなかったよね? どちらかと言うと、今食べてるパフェとかの方が好きだろう?」


「キャシーのクッキーは別格よ! 食べると元気になるの!」


「お待たせしました、キャシーお嬢様のクッキーもお持ちしましたので紅茶と共にお召し上がり下さい」


「まぁ! ありがとうセバスチャン! カトリーヌ付きなんて辞めて、キャシーについてあげれば良いのに!」


「私はカトリーヌお嬢様の執事です。ところで、ローザ様は、ルシアン様とキャシー様、どちらがお好きですか?」


「ルシアンは好きよ! でも、キャシーも同じくらい好きだわ」


「そんな……ローザ……」


ルシアンは、呆然としている。笑いながらクッキーを食べるローザの目は、少しだけ濁っているように見えた。

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