第10話

呆然としていたルシアンは、クッキーに気がついた。


「ローザ! キャシーのクッキーはダメだ!!!」


その途端、ローザの顔つきが変わってルシアンを睨みつける。


「どうして? ルシアンもキャシーの敵なの?!」


「ルシアン様、こちらのクッキーは安全です」


「そうでしょ?! セバスチャンも食べる?」


「頂きます」


セバスチャンが、クッキーを食べる。大丈夫だと分かっていても、恐怖が襲ってくる。


「カトリーヌは食べないでよ。貴重なクッキーなんだから」


「……わかったわ」


ローザが別人のように冷たいが、それよりもセバスチャンがクッキーを食べる方が怖い。

私の様子に気がついたセバスチャンが、小声で大丈夫だと言ってくれて、ようやく落ち着いてきた。ルシアンも、セバスチャンが食べた事でクッキーは大丈夫だと気がついたのか、ホッとした顔をしている。


「紅茶もお召し上がりください」


「ありがとう!」


ローザが紅茶を飲むと、僅かだが目が優しくなる。そういえば、好感度アップのクッキーの他に、好感度を下げる紅茶があったわね。下がる好感度は、僅かだけど……ノーマルエンドや、バッドエンドを見たい時に使った事があるわ。それにしても、私のゲームの記憶、なんでこんなに断片的なのよ! ローザの事だってさっき思い出したし、隠しキャラは覚えてないし。友達が言うには、とにかくキラキラしてるって言ってたけど、キラキラって何よ。王子のルバートでもキラキラなんてしてないわ。


紅茶を飲み終わると、ローザの険しい表情が和らいだ。


「あら? さっき何を話していたかしら?」


「ローザ! ローザはキャシーと僕、どっちが好き?!」


「え? ルシアンに決まってるでしょ? キャシーは大事なお友達だけど……」


「ローザ!」


ルシアンが泣きながらローザを抱きしめる。


「ルシアン? どうしたの?」


「ローザ……ローザ……」


「ローザ様、ルシアン様はローザ様を愛しておられますから、ルシアン様と同じくらいキャシー様がお好きと言われて、ショックを受けておられました」


「え?! わたくしそんな事言った?! キャシーはお友達だけど、ルシアンの方が好きに決まってるじゃない!」


「ローザ! 僕もローザを愛してるよ!」


「わたくしもルシアンを愛してるわ」


「ローザ、お願いだから、しばらくキャシーと会わないでくれ。クッキーも、食べないで……」


「……どうして?」


先程と違い、ルシアンの言葉が届いている。紅茶の効果、凄いわね。クッキーを食べるなと言っただけで、睨みつけていたのに。


「ローザ様はしばらく休んで、療養なさる事をお勧めいたします。ローザ様を狙った男は捕らえましたが、また狙われるかもしれません。キャシー様のクッキーはお届けしますし、ルシアン様も心配なさるでしょうから、しばらく療養なさってはいかがですか?」


「キャシーのクッキーがもらえるなら、いいわ!」


ここでもキャシーのクッキーなんだ。どこか歪んだローザを、ルシアンは心配そうに見つめている。


「ルシアン様、安全なクッキーをお届けしますよ」


「ありがとうセバスチャン。ローザ、心配だから寮まで一緒に行こう。それとも屋敷に帰るかい?」


「寮がいいわ! クッキーがすぐ届くもの!」


「キャシー様のクッキーは、お屋敷に必ずお届けしますから、お屋敷に戻られた方がルシアン様もご安心なさるのでは?」


「そう? まぁクッキーが貰えればそれでいいわ」


「僕が連れて行くよ」


ルシアンが、ローザを横抱きにする。


「ルシアン! 歩けるわよ!」


「ダメ! 絶対離さないから」


ルシアンは、ローザを大事そうに抱えて帰って行った。


「ローザ様はルシアン様にお任せすれば問題ないでしょう。カトリーヌお嬢様も寮に戻りますよ。戻ったら、伺いたい事があります」


セバスチャン、怒ってるわよね。顔にもっと早く言えって書いてあるわ。


「セバスチャン……思い出したのはさっきなの、だから、その、ごめんなさい」


「そんな顔をなさらなくても、怒ってはおりませんよ。ですが、思い出した事は全てお話頂きます。よろしいですね」


「もちろんよ!」


…………………………


「あ、お嬢様おかえりなさい! なんだか騒ぎになってましたけど大丈夫でしたか?」


「セバスチャンとルシアンが居たから大丈夫よ!」


「ルシアン様が、ぐったりしたローザ様を抱えて屋敷に戻られたと話題になってますよ。キャシー様はローザ様はもう危ないじゃないかとか不吉な事言うから、びっくりしました。さすがにメイド仲間も引いてましたよ。スチュアートなんて、キャシーお嬢様にお説教してました」


「そうか、スチュアートはまともなようで安心した」


セバスチャンの弟のスチュアートも優秀なのよね。


「でも、あれだけ叱られても、すぐに分かるとか言って反省してないし、まわりにも言いふらしてるし、酷いです。キレたスチュアートに部屋に軟禁されてました。みんなも今キャシーお嬢様を外に出しておかしな事言いふらされたらお家問題に発展するし、必死に止めてます。キャシーお嬢様は、クッキーがあればメイドのみんなもお願い聞いてくれるとかぶつぶつ言ってましたけど、クッキーは全部ローザ様にあげちゃったんですって。はやく屋敷に戻って作らないと! って言ってるけど、クッキーなんて寮でも作れるのに意味わかりませんよ。何度も何度も、ローザ様が死んだらルシアン様の攻略が進むとか言ってて怖いです。やっぱりあのクッキーやばいですよ。みんな最近クッキーの量減らして、セバスチャンの持ってきた紅茶を飲ませたらだいぶまともになってきて、クッキーあげるって言っても知らん顔になってきました。あのまま食べなきゃ元に戻りませんかね?」


「様子がおかしい奴はいるか?」


「甘味好きな数名は少しおかしかったです。目が虚ろになってきたので、例の紅茶を多めに飲ませたら治りました。あれ、効きすぎて怖いんですけど」


「そうよ! セバスチャン! 紅茶!」


紅茶がアイテムなこと、言わないと! でも、言おうとしたらセバスチャンに止められた。


「メアリー、いますぐキャシーお嬢様の様子を見てきてくれ。あと、スチュアートを呼んできて、代わりにキャシーお嬢様を見張っててくれ。スチュアートが戻るまで絶対キャシーお嬢様を外に出すな。それから、ローザ様の件は、否定せずにローザ様は危ういと思わせたままにしろ」


「……露骨に追い出そうとしますよね。後でいいからきちんと説明して下さいよ」


「あの! メアリーが聞いてもいいんじゃ……」


ひぃ! セバスチャンの圧が怖い!


「今後の作戦を立てるのにスチュアートの協力がいるんです。メアリーにも、後できちんと説明しますよ、お嬢様」


「これ以上セバスチャンを刺激したくないので、行ってきますね。お嬢様、頑張って!」


何を頑張るの!?

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