第7話【セバスチャン視点】

「さっさと説明しなさいよ」


メアリーは、カトリーヌお嬢様が部屋を出た途端に冷たい目でオレに詰め寄った。


「相変わらずお嬢様の前とは口調が違いすぎだ」


「アタシはもともとこんなんだけど。身分を偽ってまでメイドにしたのはアンタでしょう?」


「そうだな。信用できるメイドが居なかったもんでな。お嬢様に恩があるお前なら、裏切らないだろ?」


メアリーは、元々下町でスリをしていた。たまたま街に出た時、仕事に失敗して殴られていたメアリーをお嬢様が助けた。


その後、孤児院に入れてメアリーは穏やかに暮らせるようになった。お嬢様は、メアリーの顔を覚えていない。その事に気が付いたオレは、メアリーの身分を偽ってメイドとして雇った。


男のオレでは対応出来ない事も、メアリーが対応してくれるようになり助かっている。


「そうね。今じゃメイドはみんなカトリーヌお嬢様の悪口ばっかりで嫌になるわ。キャシーお嬢様はアンタも狙ってるわよ」


反吐が出るな。あんな女、好きになるかよ。


「あんなのに引っかかるかよ。多分クッキーには、惚れ薬が入ってる」


「娼婦の呪いね。最初は娼婦にメロメロになって貢ぎまくって、許容量を超えたら貢ぐだけじゃ済まなくなって、なーんでも言う事聞いちゃう。で、摂取し続けると最後には死ぬんだっけ?」


「ああ、多分それだろ。娼婦の身体の一部を入れて作ると、そいつの言いなりってやつ。大抵髪の毛だろうけど」


「じゃあ、このクッキー、キャシーお嬢様の髪の毛入り?! キモっ!」


「おい、捨てんなよ。貴重な証拠なんだからな」


「分かってるわよ。でももうメイド仲間はダメかな。話が通じないレベルにきてる。ねぇ、助ける方法はない?」


メアリーは冷たいようだが、結構義理堅い。メイド仲間を案じているのは分かる。オレとは大違いだな。


「あるぜ、急激に抜くと禁断症状が出るけど、ゆっくり減らしていきゃあいい。身体から毒を抜く茶も一緒に摂取すりゃ、多少苦しむかもしんねぇが、依存症状は出ない筈だ。大体、依存するまで食わせたりしねーもんだ。死んだら娼婦も貢いで貰えねえだろ?」


「なるほどね」


「クッキーだけを求めはじめたらもう無理だけどな」


「みんな普通に働いてたし、まだ大丈夫だと思う」


あの我儘お嬢様は使用人にたくさん物を与えたりしねーだろうしな。クロードがクッキーを渡してたらしいが、1人分をみんなで分けてたならそこまで問題はないだろう。


「なら、メアリーはクッキーを食べた事にして、キャシーお嬢様のところに行け」


「なるほどね、アタシがクッキーすり替えりゃあ良いのか」


相変わらずメアリーは頭の回転が速い。手先も器用だから、お嬢様のヘアメイクはいつも任せている。キャシーお嬢様にはあれだけたくさんのメイドが付いているが、メアリーより優秀な人は居ない。


本当に、彼女が味方で助かった。


「そうだ、お前なら楽勝だろう? まずは、みんなの分は2日おきにすり替えろ。すり替えるクッキーは用意しておく。見本もあるしな。それから、スチュアートと連絡を。最近、定期連絡が滞りがちだからな。ありえないと思っていたが、既に依存が進んでるかもしれん。様子がおかしいと思ったら、深入りするな。報告だけ頼む」


スチュアートは、オレの弟だ。キャシーお嬢様の執事をしているが、最近会えていない。


「これ、全部あのお花畑なお嬢様が仕組んだのかねぇ」


「多分、奥様も関係者だ。レシピを知るのは奥様なら可能だし、いつもクッキーを一緒に作られているそうだ。もしかしたら、キャシーお嬢様は惚れ薬入りとは思ってないかもしれん」


「あー、あり得るね。あのお花畑ちゃん、惚れ薬を仕掛けてる感じじゃなかったんだよね。クッキー食べれば元気になるわっ!ってやたら明るいし、効果が分かってたらあんな顔出来ないと思う。あんなモノ仕掛けるようなヤツは、もっと目の奥に闇があるもの」


「その辺も、お前なら探れるだろ。でも絶対食うなよ。カトリーヌお嬢様が泣く」


「分かってるわよ。アンタ程じゃないけどアタシだってカトリーヌお嬢様が大事なんだから」


「お嬢様は、最近周りから孤立して泣いておられた。婚約破棄されて、家から追い出されるとな。このクッキーが原因かもしれん」


「公爵家の跡取りは、お嬢様しかいないし、旦那様は当主じゃない。お嬢様が学園を卒業したら、カトリーヌお嬢様がすぐ公爵家の当主になられる筈だろ?」


「その通りだ、公爵家の使用人である私達の雇い主はカトリーヌお嬢様。だが、その事を皆忘れているようだ」


「まぁ、指示してるのは旦那様だしねぇ。でも、雇われる時にちゃんと説明受けるでしょう?」


「オレが教育した者しか、分かってないかもしれん。オレが教育したのは、メアリーと弟だけだ」


「……あぁ、じゃあみんな知らないわ。アンタの教育は、覚えざるを得ない厳しさなのよね」


「そんな厳しかったか?」


「指導は丁寧だし、わかりやすいし、完璧よ。ただ脳みそ全部使ってる感じなのよね。おかげで、アタシみたいなバカでもメイドか務まるから感謝してるけどさ」


「お嬢様は、メアリーは理想の女性だと言っていたぞ。うまく化けたな」


「そうなのよねー。お嬢様のあの尊敬の眼差し、たまに心が痛むわ」


「ふん。せいぜいボロが出て嫌われてしまえ」


「なによ、そんな事言うならアンタの正体、バラしちゃうわよ?」


「……命が惜しいなら、やめておけ」


「そ、そうね。今のは失言だったわ。ごめんなさい。セバスチャン」


チッ……。メアリーは優秀だが、余計な事を言うようなら容赦なく切り捨てるからな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る