第6話

「セバスチャン!」


急いで寮に戻り、セバスチャンを探すと、セバスチャンが何かを食べている。あれはクッキー?!


待って! 唯一の味方がいなくなるのは困る。セバスチャンが、キャシーにベタベタするなんて嫌!


「やめて! 食べないで!」


「お嬢様?!」


あ、クッキー……食べちゃった。どうしよう。セバスチャンもお父様達みたいに冷たくなるの?


お父様は、婿入りだったこともあって私やお母様には遠慮がちだった。まさか、愛人を連れてくるなんて思わなかったけど、それでも、小さな頃は優しかった。でも、再婚してキャシー達が来たら急に冷たくなって泣いたのを覚えている。その時も、セバスチャンが慰めてくれた。お父様より、セバスチャンといた時間の方が長いし、セバスチャンまで冷たくなったら今度こそ生きていけない!


「やだ、私に冷たくなっちゃ嫌……」


なんだかんだでストレスが溜まっていたんだろう。その場で泣き続ける私を、セバスチャンがびっくりした顔で見ている。いつもだったら慰めてくれるのに、なにもしてくれない。もう、私のこと嫌いになったのかな。


「カトリーヌ、大丈夫だ。オレがお前に冷たくなるなんてありえない」


……あれ? なんか暖かいよ?


「せ、せ、せ、セバスチャン?!」


セバスチャンに、抱きしめられてる?


「お嬢様、とにかく部屋に戻りましょうね?」


「はい……」


セバスチャンに連れられて、寮の自室に戻る。


「あれ? お嬢様、お早いですね? なんだか顔が赤いですし、目も腫れてますね? どうされました? まさか、セバスチャンに襲われました?!」


「ふざけるな、そんな事する訳ないだろう」


「男は狼ですからね、油断しちゃダメですよ。お嬢様」


「違うの。学園で不安な事があって、セバスチャンに相談していたら泣いてしまったの」


「そうなんですか? わたくしも相談に乗りますよ?」


「お嬢様の話はオレが聞く。それより、メアリーは甘いものが嫌いだよな? クッキー食べるか?」


「あー、食べないです。最近はよくクロード様がくれるんですけど、一回も食べてないですね」


「私もあまり甘いものは食べません。先ほどのクッキーは、甘くないチーズのクッキーです。お嬢様はチーズがお好きなのでオレが作ったんですよ」


セバスチャンが、クッキーを食べさせてくれる。塩味の効いたクッキーで、好みの味がする。


「あ、コレ美味しい!」


「お嬢様に作ったのに、勝手に食べるな」


「じゃあ、このクッキーはキャシーから貰ったものではないの?」


「ええ、違いますよ。それで、どうしてそんなにお嬢様は怯えておられるのですか?」


「あのね、確証はないんだけと、わたくしに冷たくなった人は、キャシーのクッキーを食べてるの。クロードは、クッキーを食べてなくて、メイドのみんなにあげてた」


「メアリー、今すぐキャシーお嬢様付きのメイドの所へ行き、キャシーお嬢様か、クロード様のクッキーを食べたか確認して来い。お前は絶対食べるなよ」


「……かしこまりました。お嬢様、ご安心下さい。わたくしはカトリーヌお嬢様の味方です。クッキーなど食べておりませんし、今後も食べませんわ。セバスチャン、手を出すのはダメよ」


「わかってる。出さねぇよ」


「では、行って参りますわ」


メアリーが、部屋を出て行く。頼り甲斐のある言葉に安心する。やっぱりメアリーはすごい。


「カトリーヌ、ゲームとやらの記憶を含めて、なんでそこまでクッキーが怪しいと思ったか、詳しく話せ。オレが絶対何とかしてやる」


最近、セバスチャンは2人の時はお嬢様と呼ばない事が多い。以前のようにセバスチャンに名前を呼ばれるととっても安心するから、嬉しい。


「クロードは、キャシーのクッキーを食べてないんだって。私の知ってるゲームだと、クロードは婚約解消されたらキャシーに執着しだすんだけど、今日話をしたら全くキャシーに興味がないの。むしろ、嫌ってる感じ。だって、クロードってば私に婚約しようなんて言ったのよ」


「……は?!」


「でね、クロードと話をしてたら思い出したの。ゲームだと、好感度が上がるアイテムにクッキーがあったの。多分、キャシーが作るクッキーに何かあるじゃないかなって。お父様も、ルバートも、メイド達も、私に冷たくなった人はみんなキャシーのクッキーを食べてるの」


「なんか、やべえモンでも入ってんのか? そのクッキー」


「えっとね、普通だった筈だけど……、いつも仕上げは、母親としてた。みんなと仲良くなれると良いわねって言われるのが定番シーンだったよ」


「……なるほどな」


何がなるほどなのか分からないけど、思案してる様子のセバスチャンに話しかけるのはダメよね。


……しばらく、ぼんやりセバスチャンを眺めていると、メアリーが帰ってきた。


「ただいま戻りました。お嬢様、うっとりした顔をされてますが、どうされました?」


「え? わたくしそんな顔をしていたかしら?」


「ええ、とってもお幸せそうです。お嬢様のそんな顔、久しぶりに見ました」


「メアリー、どうだった?」


「報告しますね。メイドはみんなクッキーを食べてます。食べてる現場を見たから間違いありません。キャシーお嬢様から勧められたから、貰ってきました。セバスチャンと食べてって言われましたよ」


「……うそ」


メアリーもクッキーを食べちゃった?!


「落ち着け、メアリーは食べてない」


「そうですよ、食べないって言ったじゃないですか。でも、結構強引に食べさせようとしてきましたね。周りも止めないから、異様でした。先程遅い食事をしたばかりなので、デザートに頂きますって言ってなんとか食べずに帰ってきました」


「オレと食べろって?」


「ええ、セバスチャンは難易度が高いからこういうところで稼がないと、って呟いてて引きました。またクッキーを食べに来てねって言われました。それにしても、なんでみんなキャシーお嬢様の世話をしたがるのか理解不能です。所作も雑だし、人との距離感掴めてないし、何よりわたし、モテるでしょオーラが気持ち悪いです。どう考えても、カトリーヌお嬢様の方が美しいし、優しいし、所作も丁寧なのに。みんな呪いでもかかってんですかね?」


「……呪い、それだ! よくやったメアリー!」


「冗談で言ったんですけど?」


「娼婦の呪い、聞いたことねぇか?」


「なにそれ?」


「お嬢様に聞かせる話じゃありませんよ……。セバスチャン、お嬢様は何に怯えておられるんですか? わたくしにも聞く権利がありますよね?」


「ちっ……、お嬢様、オレがメアリーに説明しますので、お嬢様は部屋着に着替えてきてください。今日はもうご予定はありませんよね?」


「ええ、ないわ。ねぇ、わたくしも気になるんだけど」


「お嬢様は、メアリーにきちんと説明できますか?」


「例の事を省いて」


セバスチャン……そんな耳元で小声で話すなんてちょっとドキドキするじゃない!


「む、無理!」


「でしょう? 私にお任せ下さい。部屋着ならお嬢様もおひとりで着替えられますよね?」


「できるわ!」


「なら、部屋に戻っていてください。ちゃんと後でご説明します。大丈夫、私もメアリーも、お嬢様の味方ですよ」

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