第十話

 明善が全ての資料に目を通し終えると同時に、午後五時を知らせる夕方の市内放送が鳴る。流れる童謡は明善が子供の頃から変わらず、この童謡を聞いた小学生達や主婦達は帰路につき始める。空の色はまだ青色が多くを占めているが、日が少しずつ傾きつつある。

「もう五時か」

 明善は腕を天井に向け、大きく伸びをする。身体のあちこちからポキパキと音がした。

 とりあえず、コーヒーでも飲むか。

 明善は異犯対の部屋に置いてあるコーヒーメーカーの元へ。このコーヒーメーカーは落合の私物であり、異犯対の人間がコーヒー豆を持ち寄っている。スイッチをオンにし淹れ終わるのを待ちながら、落合と愛美に目をやる。二人は相変わらずひーひー言いながら、書類の束を片付けていた。大分捌いたようで、机の上に積み上げられていた書類も減っていた。

 明善は二人を労おうと、彼らの分のコーヒーをそれぞれの私物のカップに入れ机に置く。

「二人ともおつかれ様です」

「お、アキ君、気が効くね」

「サンキュー」

 カップを受け取った二人は口をつけながらも、手を止めない。

「俺も手伝いましょうか?」

「アキ君もアルミトスの件で忙しいでしょ。それにもう少しだし」

「だったら、尚更。俺一人ではアルミトスの件は手に余る。書類仕事をみんなで片付けて、みんなでアルミトスの件に集中した方が良いですよ」

「まあ、それもそうね。んじゃ、これよろしく」

「はいよ」

 明善は愛美から書類の束を受け取り、コーヒーを飲みながら、書類仕事に精を出す。

 警察の仕事は単に犯人を捕まえて、はい終わりではない。ドラマや小説では刑事が証拠から推理し、犯人を逮捕してエンドだが、あれはあくまで警察の仕事において、絵になる一部分を表現しているにすぎない。現実は違う。捜査の結果をまとめた各種捜査報告書、参考人の話を記載した参考人調書、関係各所への照会を行うための捜査関係事項照会書、検事に渡す総括報告書等々。警官には洞察力だけではなく、デスクワークのスキルも要求されるのだ。警官の中には、この書類仕事からが本番と言う者もいる。

 特に今回のノーブスの人間は、こちらの世界の大勢人間を連れさろうとしただけではなく、軽犯罪も色々やらかしているので、必要な書類はとんでもない数だ。

 しかも異世界関連の犯罪は、異締連に別途に資料を送らなければいけない。手口の把握や過去の事件との関連性を調べるなどに使われるためだ。

 そのため、異犯対が作成するべき書類は他の部署に比べ、数が多い。

「それにしても、やっぱり人手が足りないよ。落合さーん、もっと人を増やしてくれるように頼むべきですよ」

 愛美の言葉に明善も同意。現在の異犯対の人間はここにいる三人だけ。現在もこうして手が回らない状況だ。

 落合は「うーん」と顎に手を当て唸る。

「まあ、お前らの言いたいこともわかる。確かに警視庁や、でかい都市に比べればうちの署は人数が少ない」

 都内や大阪、京都などの異犯対の配属人数は何十人にも及ぶ。それだけ異世界関連の犯罪が多いのだ。それに比べ、この須賀川署の管轄ではあまり大きな犯罪は起きない。昨日のノーブスの件のような規模の事件は珍しい。ここのような田舎では数人行方不明になるだけでも大騒ぎだ。異世界人も連れ去るなら、行方不明者が出ても怪しまれない都会を選ぶ。ここら辺で起きる事件は大抵、異世界人が無許可で異世界の品を売り捌いたり、間違って迷いこんでしまったりするぐらいだ。

「だからよ、うちの署長もそこまで人数を割こうと思っていないんだろ。今回のように他の部署にも手伝ってもらえるし」

 落合は「それに」とつづける。

「この部署に来ようなんて、物好きはなかなかいない」

 各部署に配属された警官は、その部署に必要な法律や捜査手法などを勉強する必要がある。その中でも異犯対の勉強量は凄まじい。様々な分野の法律、異締連合で決定された異世界犯罪法、そして各異世界の事情について勉強しなければいけない。更に時には異世界人が使う魔法や呪術、向こう側の技術などと相対する。だから、積極的に異犯対に志願する警官は少ない。

「まあ、お前達みたいに何か目的があるなら別だがな」

 そう、明善と愛美はがあって、警察官になりこの課に自ら志願した。

 愛美は相変わらず不満顔。

「いやいや、それでもやっぱり三人は少ないですって。いくら大きな事件が少ないからって。もっと大体的に異犯対の募集や採用をするべきですよ」

「あー、わかった。わかった。署長に打診してみっから」

「お願いしますよ」

 明善達はその後も黙々と書類を捌いていった。


 

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