第八話
「もう一度来た、この店に?」
明善の質問に男性店員は「はい」と頷く。だが、その後、彼はすぐに慌てて両手を振った。
「あー、いや、すいません、断言はできないです。ただ、とても似ている子は見ました。もしかしたら、と」
「いつ来店したか、わかりますかね?」
「確か、午後六時ぐらいだったはず」
明善はリモコンを操作し、その時間帯の監視カメラを確認する。
「あ、これです。この画像の子です!」
男性店員が指差す先を確認すると、彼の言う通り我妻がいた。私服に着替えた彼女と、もう一人帽子を目深に被った男性がカウンターで受付を済ませ、個室に入る。個室に入った男性が帽子を取ると、青みがかった髪が現れる。顔は東欧系に近く、顔の右頬には刺青だろうか幾何学模様が描いていあった。
ようやく手がかりらしい手がかりが見つかった。これで我妻を追うのが大分楽になった。この異世界人であろう男の足取りを追えば、彼女の居場所もわかるはずだ。
明善は店長に監視カメラの映像をDVDに焼いてもらい、受け取る。
「何か思い出したことがありましたら、署の異世界犯罪対策課に連絡ください」
明善は店長にそう言い残し、一旦署に戻る。
署に戻った明善は三階の異犯対の部屋に行こうとし、声をかけられた。
「暁、良いところに」
声の主は相山宗太。この須賀川署の唯一のサイバー犯罪対策課所属の警官である。地元の情報系の大学院まで出て、地方警察官に就職したちょっと変わり種の人間だ。警察官としては明善の方が二年ほど先輩に当たるが、同い年のためタメ口で話している。
相山は警察官としては珍しい、長い前髪を鬱陶しそうに掻き上げる。
「今日の午前中に頼まれたやつ、終わったよ」
「え! もう終わったの!?」
明善はつい素っ頓狂な声を上げる。
頼み事とは我妻のパソコンの解析である。パソコンから異世界人とのやりとりを調べてほしいと頼んだが、まさか数時間で終わると思っていなかった。
「いや、そんな難しいことじゃなかったよ。確かにメールは削除されていたけど、復元ソフトで簡単に復元できたし。パスワードがかかっているものもあったけど、誕生日をもじっただけ。あまりネットリテラシーが高い子じゃないね。やっぱり学校でネットに関する詳細な授業を義務化するべきだよ」
「へー。ん? ちょい待ち。俺はパソコンの持ち主について話していないよね。なんで、持ち主の誕生日を知っているんだ?」
「ああ。持ち主の子がSNSやっててさ。そこに色々な情報が載せてあったんだよ。それらから推測した」
「はえー」
相山の説明を聞きながら、自分も思い当たる節があるから、気をつけよと明善は内心思った。
「復元したメールの内容、関係あると思われる掲示板上のやりとりは署のクラウドにアップしたから。他に聞きたいことあったら来てくれ」
「あんがと」
明善は相山と別れ、三階の異反対の部屋に入る。落合と愛美が悲鳴を上げながら、書類の山を捌いている最中だった。書類の数がとんでもなく多く、机の上にうず高く積み上げられ、二人がすっぽりと隠れてしまっている。
「アキくん、良いところに帰ってきた。手伝って! 昨日の異世界不法渡航の件なんだけど、本当に大変で。数が多いの」
「え、そんなに! あれ、こんなに書類多かったけ?」
確かに異世界不法渡航しようとしていた人間はかなりの人数だったし、ノーブス自体も他にも法を犯していた。だが、ここまでの事務処理が必要だったのか。
その疑問を口にすると、愛美が勢いよく顔を上げる。書類の山の隙間から見える彼女の大きな目はひんむかれていた。あまりの迫力でちょっと怖かった。
「アキ君が外に出た直後に増えたの! 聞いてよ! 取り調べで締め上げてわかったんだけど、ノーブスの奴ら、こちらの世界に疎い人間ばかりで、軽犯罪も色々犯してたんだよ! し、か、も、昨日身柄を確保した人間以外にも片っ端から声をかけていたみたいで、関係者が膨大に膨れ上がったの。本当に節操ないんだから!」
「そ、そうなんだ」
「手が回らなくて、一課の東洞さんや他の人にも手伝ってもらっているところ」
「あの、麻薬、リベレーションは」
「無理! 手が回らない! 二課に応援を頼んでる。てか書類仕事、アキくんも手伝ってよ」
「いやー、俺の方も立て込んでいて。リベレーションの方は俺が並行で調べるから」
書類仕事も大事だが、やはり優先すべきは我妻の捜索。もし異世界に連れて行かれたら、探すのは難しい。しかも相手は秘密主義のアルミトスだ。困難を極める。もしかしたら、二度とこちらの世界には戻って来れないかもしれない。そのことは愛美も十分わかっている。
「……わかった」
不服そうながらも、愛美は了承。落合の方は忙しさからか、いつものひょうきんな態度は消え失せ、必死に書類を次々と片づけている。
明善は自席に着き、署のクラウドサーバーに接続。相山がアップロードしたフォルダを開いた。
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