第七話
まず明善は直近の我妻和奏の足取りを追うことにした。最初に訪れたのは、一週間前に友人達と訪れたカラオケ店だ。そのカラオケ店は駅前に構えており、全国展開をしているチェーン店。夏休み中であるからだろうか、学生らしき若者が頻繁に出入りしている。
沢宮と家政婦の話を合わせると、我妻はこのカラオケ店から一度家に戻り、その後にすぐに家を出て行った。本来ならば家から出た以降の足取りを追うべきなのだが、家政婦達にも聞いてもどこに行ったか検討もつかないとのこと。パソコンに残されていたメールの内容もざっと目を通したが、行き先がわかるような内容はなかった。行き先、居場所がわかるやりとりはメール以外のものを使用したのか、もしくはメールを削除したかのどちらかだ。現在は、署のサイバー犯罪対策課にパソコンの解析を頼んでいる。
明善が店に入ると、店員の「いらっしゃいませー!」という元気な声が聞こえてくる。明善はそのままカウンターに直行。アルバイトだろう、若い女性店員は人の良さそうな笑顔を向けてくる。
「いらっしゃいませ。何名様でしょうか?」
「いや、客じゃないんだ」
「はい?」
「須賀川署から来ました、警察です」
明善は店員だけに見えるように、警察手帳を懐から取り出す。他の客が驚かないようにするための配慮だ。
警察手帳を見た店員は顔色を変え、口をパクパクさせる。予期せぬ来訪者に、相当驚いているようだ。
警察や警察手帳はどうしても、一般人に困惑や恐れ、警戒心を与えてしまう。まあ、善良な生活を送っていれば、警察官と直接の接点を持つことは少ないだろうし、何もやましいことがなくても、つい身構えてしまうのは仕方がない。
明善はなるべく優しい声音を心掛ける。
「今日はちょっと聞きたいことがありまして。事件解決にご協力できませんか?」
「は、はい。店長を呼んできますので、少々お待ちください」
店員はそそくさと店の奥に行き、少しして店長らしき男性が急足で飛び出して来た。店長は慌てて走ってきたみたいであり、ぜーぜーと肩を上下させている。
「お待たせしました、この店の責任者です。何かご用途のことですが」
「はい、行方不明のとある女子高生を探していまして。その子は一週間前に行方不明になっているんですが、直前にこのカラオケ店を友人達と訪れているんですよ」
明善は店長にスマートフォンの画面を見せる。
「この子、なんですけど。見覚えありませんかね?」
「うーん、申し訳ありませんが、私には見覚えがありませんね。一週間前でしたら、店内の監視カメラの映像が残っています。ご覧になりますか?」
「はい、お願いします」
明善が通されたのは、店の奥にある店員の休憩室。休憩室にはいくつもの液晶画面が置かれており、各部屋の映像が映し出されている。
「この店の監視カメラの映像は一ヶ月間、ハードディスクで保存しています。このリモコンを操作することで映像が再生できます」
店長は明善に録画映像の操作方法を教えた後、「店員達にその女子高生を見ていないか聞いてきます」と言い残し、部屋を出た。
事前に沢宮からカラオケ店に滞在していた時刻を聞いており、明善はその時間帯の映像を再生。映像を何度か切り替えた後、沢宮達の姿を発見した。画面の中の我妻は、沢宮や同級生達と楽しそうにはしゃいでいる。特に我妻と沢宮はデュエットをするなど、仲が良いようだ。
「うーむ」
明善は額にシワを寄せ、画面の中の大笑いしている我妻を眺める。
我妻とは直接顔を合わせていないが、明善には何故この子が異世界に行こうとしたのかが理解できない。確かにこの子の家庭は崩壊している。だが、裕福な家庭であり、友人達にも恵まれている。メールに書いていた、この世界に自分の居場所はないという言葉。何故彼女はそう思い、友人達とのつながりを捨て、異世界を目指したのか。
我妻達が退店するまでの映像を確認したが、我妻がどこに向かったのか、手がかりとなるものはなかった。
「収穫はなさそうだな」
だが、念のため、この映像は複製してもらうか。もしかしたら、何か重要なことが映っているかもしれないし。
そう思っていると、ちょうど店長が一人の若い男性店員を連れて、部屋に戻ってきた。
「店長さん、この映像を複製することはできますかね?」
「はい、大丈夫です。すぐにお渡しできますよ」
「それはよかった」
「それで刑事さん、探している学生さんのことですが、実はこちらの彼がその子を覚えていると。そうだよね?」
店長に促された男性店員は「はい」と答える。
「お嬢様高校の制服を着ていたので、そのグループのことはよく覚えています」
やはり県内でも有名なあの高校の制服は、とても目立つようだ。今回はそれが幸を奏した。
「それで探しているのは、この子なんですけど」
明善は画面に映っている我妻を指差す。
「この子はこの店を出て、一度家に戻っているんです。それ以降行方不明になっていまして。それでですね、この日、これからどこに行くかだとかわかりません、よね?」
「すいません。僕は部屋に料理を運んだりはしたんですけど、顔を覚えているだけで、この子がどこに向かおうとしていたのか、流石にそれは……」
それはそうか。予想はしていたが、人の多いカラオケ店内で、異世界人との待ち合わせ場所についてベラベラ喋ったり、何かしらの手がかりを残すはずがない。
落胆する明善に、男性店員は遠慮がちに言葉を続ける。
「ただ……」
「ただ? 何かあったのでしょうか? なんでも良いんです。何か思い当たることがあったら、遠慮なく教えてください」
「もしかしたら、僕の勘違いかもしれないんですけど」
「ええ。構いません」
「実はこの子、同じ日にもう一度来ているんですよ。この店に」
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