第六話

 ルルの口からアルミトスの名前が出てきたことに、明善は険しい顔をする。

 さっきのルルの独り言はこれだったのか。

 明善の様子に愛美は首をかしげる。

「アキ君、どうかしたの? 怖い顔をして」

「実は……」

 明善は愛美に我妻和奏という女子高生が行方不明であり、アルミトスが関係していることを伝える。

「その女子高生と、今回の麻薬かあ。でも、その二つの件って、関係あるのかな? 異世界も一枚岩ではないでしょ。単に別の組織が動いているとか」

 愛美の疑問にルルは首を横に振る。

「アルミトスの場合は、そうじゃない。あっちの世界は巨大な一国が世界全体を支配していて、全ての住民や組織は管理されているんだ。異世界への干渉はその国が全て決めたもの。彼らは非常に慎重で、一つの世界では一つの計画しか実行しない。その二つの件は最終目標は同じはずさ」

 ちなみになんだがと、明善はパケを指差す。

「これについて、アルミトスには聞いたか?」

「質問状は送ったさ。複数の世界の連名入りで」

「結果は?」

「返事すらなし」

「だろうね」

 異世界も様々だが、その中でもアルミトスはかなり特異な国だ。徹底的な秘密主義で軍事拡大に力を入れている。アルミトスは資源にも乏しく、気候も厳しい。最初は彼らに同情し支援を申し出る世界もあったが、アルミトスは全て断った。それどころか資源を奪おうと他の世界への軍事侵攻を頻繁に行なったため、今ではすっかり嫌われ者だ。

 「しかも」と、ルルは続ける。

「アルミトスはホルスという別の世界と現在戦争中なんだ。元々この二つの世界は仲が悪いのだけど、ホルス側の世界政府の政権が現在に変わってからは、軍事衝突が多くなった」

 ホルスはアルミトスの軍事侵攻を受け、一時期世界の一部が占領状態にあった。住人が虐殺され、大量の資源を奪われたため、今でも恨みが凄まじい。ホルスも異締連に所属していない。理由はアルミトスとの戦争ができないからだ。異締連に所属している世界は異世界間での戦争が禁止されている。

「ったく、本当に面倒だな」

 明善は頭を掻きむしる。

 こちらから聴取しようにも、アルミトスは応じない。それどころか難癖をつけて、こちらの世界への軍事侵攻を開始するかもしれない。非常に気を遣いながら、捜査をしなければいけないのだ。

 その懸念が顔に出ていたのか、ルルは励ますように明善の肩を叩いた。

「大丈夫さ。さすがのアルミトスも異締連に所属しているこの世界に、正面きって戦争を仕掛けないよ。そんなことすれば、連合に所属している世界からも総攻撃を受ける。それにこちらの世界の人間を無闇に殺そうとしないはずさ」

 こちらの世界の人間は異世界に転移した時に、強力な力を授かる。アルミトスも自分達の軍事力を強化するため、喉から手が出るほどに欲しい。それだけじゃない。もし、こちらに憎悪を抱かせれば、アルミトスに転移して攻め込んでくるかもしれない。転移時に得られた巨大な力を伴って。だから、アルミトスはこちらとの戦争は避けるはずだというのが、ルルの、いや異締連の考えだ。

「それでね、ルル、このことを私達に持ち込んできた理由を知りたいの。まさかとは思うけど……」

「うん、どうやらこの県でも僅かながら出回りつつあるみたいなんだ。数日前に、この県で一人暮らしの男性が死亡しているのが発見された」

 発見者は、男性にアパートを貸している大家。家賃が振り込まれないため、催促に男性の部屋に向かった。部屋の前に来た大家は、チャイムを鳴らすが返答なし。数回チャイムを鳴らしたところで、部屋の様子がおかしいことに気がついた。ドアポストには数日分の新聞が挟まっており、ドアポストから嫌な匂いがする。何かが腐ったような匂いだ。そう思った大家は、その場ですぐに警察に通報。警察と共に部屋に入った大家は、男の死体を発見した。その男は普段から異常行動を繰り返しており、近所でもトラブルメーカーとして有名だった。警察は大家、他の住人、部屋から見つかった麻薬や注射器から、麻薬中毒による死亡と判断。腐敗はあまり進んでおらず、死後数日といったところ。司法解剖に回されたのが、解剖医は男の体から未知の成分を発見した。解剖医から報告を受けた警察は、もしや異世界産の麻薬ではと疑い、異締連に調査を依頼。

「昨日、そのサンプルの調査結果が出てね、リベレーションだったわけ」

「なるほどね。そのことを私達に伝えにきたと」

「その通り。君達にはこのリベレーションの調査をしてもらいたい。この県でどれくらい蔓延しているのか、どうやって売買しているのか。可能ならば売人を逮捕して欲しい」

 ルルは右手の人差し指を空中に向かって動かしながら、言葉を唱える。その言葉ではルルの世界の言語であり、明善達には聞き取れない。ルルの指が通った軌跡に光の文字が浮かび上がると、。ルルは空中の小さな裂け目に手を入れ弄り、「えーと、これだこれだ」と、手を取り出す。

 ルルは手に持った茶封筒をテーブルの上に置く。

「東京での調査結果と今話した中毒者、リベレーションの情報が全て載ってる。これに目を通しておいて。あとリベレーションの判別キットも入ってる。ただ数が少なくてね、あまり無駄遣いしないで。他の世界でも判別キットの製造はしているけど、中々生産が追いつかない。リベレーションに含まれている成分の中には未知の化学物質があって、それ用の判別キットを作るのに苦労しているんだ」

 それほど、このリベレーションという麻薬は様々な異世界で猛威を奮っているということか。

 「要件はわかった」と言い、明善は指を一本立てる。

「ルル、こちらからも一つお願いがあるんだが」

「なんだい?」

「この子について、他の世界にも一応聞いてくれないか?」

 明善はスマートフォンの画面を見せる。画面に写っているのは、ピースサインをしている制服を着た女子高生。沢宮から提供してもらった、我妻和奏の写真だ。

「この子が探している学生かい?」

「ああ」

「いやあ、なかなか可憐で聡明そうな子だね。特にこの大きな眼は、金剛石のような輝く……」

「おい」

「ああ、すまないね、つい。わかった。異締連合に報告しておくよ」

「ああ、頼んだ」

 明善はルルのスマートフォンに我妻の写真を送信。彼はこちらの世界の利器をすでに使いこなしている。

 ルルは「何かあったら、遠慮なく連絡してね」と言い残し、署を後にした。

「それでアキ君はどうするの?」

「この我妻和奏さんの足取りを追ってみるよ。もしかしたら、まだこちら側にいるかもしれないし」

「私も手伝おうか?」

「いや、今のところは俺一人で十分だよ。それよりも昨日のノーブスの件と、ルルが持ち込んできた麻薬の件、落合さんと一緒に頼む。我妻和奏さんの件を手繰りながら、リベレーションについても調べてみる」

「ん、了解」

「それじゃ、俺は聞き取りに外に出るから。よろしく」

 

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