第五話
明善が我妻邸から署に着き覆面パトカーから降りると、声をかけられた。
「やあ、明善、久しぶりだね!」
振り返るとそこには一人の男性。肩口までかかる銀髪に高い鼻。切長の眼は輝く銀灰色。日本人どころか、この世界のどの人種ともかけ離れている容姿だ。まさに美形である。ただ、服装が変な動物が描かれたTシャツに、カーゴパンツと少々ファンキーなファッションであり、色々と勿体無いなと明善は思った。
「ルルか」
まるで映画やファンタジー小説から出てきたようなこの美形の男性の名前は、ルルタニア・エンデ・リ・ノーデルヘンゲ。異世界での犯罪を取り締まる組織、異世界犯罪取締連合、通称異締連に所属する職員だ。彼の名前があまりに長いので、親しみも込めてルルと呼ばれることが多い。
「いや、久しぶりじゃないか。こちらの世界でたった半年ほどだし」
「久しぶりであっているよ。こっちじゃね」
ルルはエルフと呼ばれる種族だ。大変長寿な種族であり、ルルの年齢は若い見た目に反し、優に千八百歳を超えている。それ故にこちらの時間感覚と大幅に違う。
「それでルルは今日何のようだい?」
明善の質問の意図は何か事件があったのか、である。異締連の職員であるルルは多忙を極める。
「まあまあ、その話は中でしよう」
ルルに促され、明善は彼と共に署に入る。署員達はルルを見つけると、気さくに挨拶。女性署員は黄色い声を上げていた。
超絶美形で人当たりも良い彼は、ここ須賀川署でも人気だ。
「ところで確認なんだけど、明善は今何か案件を抱えているかい? 手が離せない?」
何か面倒な案件を持ってきたな。
ルルの探りを入れるような質問に、明善はアルミトスによる異世界への少女連れ去りの件だと答える。
「アルミトスか。これは……」
ルルの呟くような独り言を、明善は聞き逃さなかった。どうやらルルが持ち込んだ件もアルミトス関係のもののようだ。
これはもしかしたら、色々と面倒なことになるかもな。
明善は言い知れぬ、嫌な予感を覚えた。
二人は三階の異世界犯罪対策課に到着。扉を開けると、スーツ姿の女性警官がコーヒーを淹れている最中だった。
「おっす、アキ君。それとルルも。久しぶりだね」
彼女の名前は谷家愛美。肩口で髪を切り揃えている活発そうな女性。明善とは警察学校の同期であり、日々異世界関連の犯罪を取り締まる仲間でもある。
ルルは愛美に向かって歩き、淀みない動作で抱きつく。
「やあ、愛美。相変わらず綺麗だね。君の美貌はノート山の山頂に咲くタルマニアの花のようだ。その花に住む妖精もきっと君に懐くだろう」
「ふふーん、ありがと」
またかと、明善は呆れる。
このやりとりは毎度のことである。ルルの世界、オリントでは女性を口説くのが礼儀であり、ルルはこちらの世界でも同様の作法をする。愛美もまんざらでもない様子だ。
「ルルもコーヒー飲む?」
「頂こう。この世界のコーヒーはとても美味だ」
「アキ君は?」
「俺も頼む」
「はいよ」
三人は部屋に置いてあるソファに腰掛ける。
口火を切ったのは愛美だ。
「それでルルは何の用? 君が直接来るってことは、何か面倒な事件なんでしょ?」
ルルはコーヒーを一口飲んだ後、神妙な面持ちを取り繕う。
「そう、今回は面倒、とても面倒なんだ」
ルルはポケットから透明なパケを取り出す。中には灰色の粉末が入っており、明善と愛美は表情を一変させる。明善はパケを手に取り、睨みつけた。
「これって、麻薬か」
ルルは短く首肯。
「その通り、異世界の麻薬だ」
数年前からこちらの世界で、異世界産の麻薬が出回り始めた。厄介なのはそれらの麻薬には、こちらの世界では未知の成分が含まれており、対処できないこと。異世界産麻薬による死亡事故が多発しており、日本政府や警察は頭を抱えている状況だ。
「この麻薬の名前は、リベレーション。英語で解放を意味する。この世界に造詣が深い人物が名付けたのかな。まあ、それはどうでも良いか。確認されたのはごく最近。こちらの世界の時間感覚だと二、三ヶ月ってところかな。東京ではこれがすでに流行り始めている。他の世界でも確認されて、問題になってる。これを服用すると記憶が混濁し、幸福感に満たされるようだ。服用した人間は笑いながら、踊り出したりするらしい。その名の通り、嫌なことから解放される薬だね」
「アッパー系か」
麻薬にはいくつか種類がある。アッパー系とは脳を刺激し、気分を興奮させる作用がある薬物だ。強力なアッパー系を服用した場合、見境なく暴れたりすることもよくある。
「中毒性はどのくらいなんだ?」
「……相当強いらしくてね。一度でも使用してしまうと、いかなるモノよりもこの薬の使用が最優先になるらしい。すでに他の世界では購入資金を手に入れるため、中毒者の集団が村を襲って金品を略奪したケースがある。そこの村人は全員死亡。赤子もいたそうだ。しかも、死体を解体して家畜の肉と偽ったりや、現地のシャーマンに売ったりしていた。死体すら薬の購入代金にしたんだ」
「それはまた……」
明善と愛美は思わず絶句。こちらの世界でも麻薬を買うため、窃盗などを行う中毒者はいるが、集団で村一つを滅ぼすとは聞いたことがない。それほどまでリベレーションは強力な薬なのだ。
明善はあまりの恐ろしさからパケを机に置き、指を離す。
触れているだけ恐怖を感じた薬物は初めてだ。
「それでルル、この麻薬の出所はどこなの?」
という愛美の質問に、ルルは明善に一度視線を向けてから答える。
「異締連合の同志がとある世界で、この麻薬を保管していた木箱を押収した。その箱には小さくメモが書き残されていた」
「それでそのメモの言語を解析した、と」
「そう、愛美の言う通り。言語からどこの世界が製造しているかわかったんだ」
「どこなんだ?」
明善は思わず身を乗り出す。
「アルミトスだよ」
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