肆ー八


 物騒な刀だ。隻夜叉や楢野葵が宝刀を『妖刀』と言っていた意味が理解できた気がする。


 宝刀の持ち手には刃が存在する。親指サイズの刃で指を切ることで、鞘の内部に血が流れ込む仕組みになっているようだ。


 渡された宝刀を『小太刀コダチ』の形態から『カスガイ』へと変化させる。酒天童子さんが用意してくれた案山子かかしに目掛けて釘を撃ってみると、案山子の頭を釘が突き抜けた。


「俺が教えられる事はこれぐらいだ」


 酒天童子さんはそう言ってマイホームに戻っていった。


「『小太刀コダチ』『カスガイ』『ツチ』か」


 抜刀状態の小太刀の刃は潰されている。模造刀のように刃が無いところをみると、化け物を斬る際は霊縛術を施さないといけないのだろう。


 妖刀と謳われる所以ゆえんは理解できた。霊力を注ぎ込んで形状を変化させられるんだ。酒天童子さんが忌段の妖怪たちの頂点に立っているのも納得できる。


 ネイルガンに変化していた宝刀を粒子に変化させ、体内に霊力粒子を収める。何度か宝刀を具現化させたり粒子化できることを確認した後、俺は沙華さんと酒天童子さんが待っているプレハブ小屋へと向かった。


 木製の扉に手を伸ばし、彼女たちの愛の巣に踏み入ろうした時。その時、部屋の奥から沙華さんの声が外に漏れ出ていた。


「こんにちは! 絶世の黒髪乙女・赤い流れ星・だよ~。今日の生配信は黄泉の国で大流行中のポ○モン色違い耐久を……」


 扉越しに聴こえる甲高い沙華さんの声。ドアノブに手を掛けたはいいが、小屋の中に入る勇気がなかった。


 このまま小屋に入ってしまえば、親フラのような状況に陥ってしまうだろう。彼女がどうして生配信をしているのかは解らないが、このまま部屋に入ってしまえば彼女の仕事を邪魔しかねない。


 ドアノブから手を離し、摺り足で後ろに下がる。


「危ないところだった。ていうか、彼岸にもネットが繋がってるんだな……」


 以前、隻夜叉と志恩との戦いに巻き込まれて彼岸に来たとき、ここはそんなに文明が発達しているようには思えなかった。

 憶測でしかないが、現実世界と彼岸の時間の流れは多少なりにも違いが存在するのかもしれない。


 次に彼岸に訪れた時、二人はどんな関係になっているんだろう。


「何をしてるんだ柚子葉。中に入らないのか?」


 声のする方へと耳を傾け、背後を振り返ってみる。そこには、レジ袋を片手にぶら下げた酒天童子さんの姿があった。

 半透明の袋からペットボトルを取り出した彼女は、呆れ果てた様子で腕を組んだ。


「ええっと、サハナンさんが生配信してるみたいなんです」

「ああ、もうそんな時間か。記憶の海への帰り方は分かるか?」


 記憶の海への帰り方。そういえば前回に彼岸へ来たとき、帰りはサハナンに送ってもらった気がする。

 紙人形を媒介にした陰陽術の一種。多分、そう考えていいものだったと思う。


「分かりません。多分、サハナンの力を借りないと帰れないかもしれません」

「そうか。サハナンは仕事中のようだな。これから数時間は手が離せないと思う。色違い耐久だからな、邪魔をするわけにもいかない。俺が記憶の海に送ってやるよ」


 持っていたレジ袋から何かを取り出した酒天童子さん。彼女の手のひらに握られた紙人形を見てしまい、俺は唖然とした。


「この紙人形にはサハナンの霊力が込められてる。お前の霊魂に反応して精神を記憶の海に送るだろう」

「ありがとうございます。そういえば、ひとつだけ酒天童子さんに聞き忘れたことがあるんです」


 凍てつくような風が彼岸に吹き抜ける。


 酒天童子さんは腕を震わせながら、足踏みして寒さを堪えていた。


「そんなに長い話じゃないです」

「そうか。ならさっさとしてくれ」

「はい。ここは彼岸ですよね。もしかして、酒天童子さんも死んじゃったんですか?」

「ああ、そのことか……」


 どうして彼岸に酒天童子さんが居るのか、という疑問。正直な話、沙華さんが彼岸に居るのは納得できるが、酒天童子さんが彼岸に居るのは理解できなかった。


「この彼岸に俺が居るのは、お前の肉体に俺の霊魂が宿っているからだ。沙華の霊魂と同期しているお前の霊魂が存在しているからこそ、俺はこの彼岸にたどり着くことができた。感謝しか言えないよ。俺からもお願いがあるんだが、聞いてくれないか?」

「そのお願いって、私でも出来ることでしょうか」

「うん。記憶の海に戻った後、隻夜叉に出会えたら『俺は元気にしている。もう心配しなくていいよ』って伝えて欲しいんだ」

「ああ、隻夜叉のことですか」

「アイツは意外と嫉妬深い奴だからな。ハッキリと想いを伝えなければ、納得しないと思うから」


 酒天童子さんはそう言ってドアノブに手を乗せ、彼女の愛の巣に戻っていった。


「そっか。確かに俺の肉体には彼女たちの霊魂が宿ってる」


 二人の霊魂が俺の体に宿っている以上、何かのキッカケがあって二人は再び出会うことができたのだろう。


 酒天童子さんが小屋に入った直後、案の定、プレハブ小屋からサハナンの怒鳴り声が外にまで響いた。

 多分、親フラならぬ鬼フラといった事が起きたのだろう。


「二人が羨ましいな。俺も志恩とこんな関係になれたらいいのに」


 現実世界に居る志恩の顔を思い浮かべ、紙人形に霊力を注ぎ込む。

 前回と同様に、持っていた紙人形は俺の体を包み込むように分裂していき、球状に変化した。


 眩い光が俺の体を包んだ直後、視界一面に白い煙が覆っていった。


――


 目蓋を開けて周囲を見渡してみる。視界の全てを覆う煙を払っていくと、化け物の唸り声が路地に木霊した。


 どうやら俺は、化け物に襲われる数十秒前の記憶の海に戻ってきたようだ。


「覚悟しなさい。アンタ達は全員、この倉敷柚子葉が祓ってみせるわ!」


 宙に浮かんだ鬼の左腕に視線を送り、左腕の動きと同期した鬼の腕を操る。

 迫り来る化け物を腕で押し返し、手のひらにカスガイ化させた宝刀を具現化させた。


 カスガイの引き金を握りしめ、化け物に向かって釘を打ち込む。発射された釘には霊力が込められているらしく、化け物たちは叫び声を上げながら路地の奥へと向かっていった。


 ただの釘であればダメージを与えられなかったはず。


 酒呑童子さんから宝刀の形態を教えてもらわなければ、散布者に反撃出来なかっただろう。


「絶対に逃がさない。アナタたちを逃がしてしまえば、楢野葵や子供たちを傷つけることになりかねないからね」


 散布者が背負っていた荷に目掛けて釘を撃っていく。次々と路地に現れる散布者に釘を打ち込み、叫び声を上げながら向かってくる化け物たちを目で追った。


 流石に化け物たちも黙っていられなかったのか、反撃に出始める。

 彼らは狭い路地裏の中で器用に錫杖を振り回し、先端から衝撃波を発生させた。


 路地や壁を破壊していく衝撃波。それらは一種の妖縛術であるらしく、四方に飛び散ったかと思えば方向を変えて俺に向かってきた。


「衝撃波に追尾性能があるのか。それなら――」


 壁を伝っていく衝撃波から手のひらに視線を送る。カスガイ状に変化させていた宝刀を『ツチ』に形態変化させ、路地にツチを打ち込む。


 機械的な変化を魅せながら、ツチの凹凸おうとつ面が路地に押し込まれる。路面にツチが触れた瞬間、ツチの反対側の面に備えられていた排気口から煙が噴出した。


 膂力パワーを重ねるように加速していくツチ。排気口から霊力を噴出したツチは、路面の四方八方に衝撃波を産み出した。


 散布者が放った衝撃波を打ち消していく衝撃波。愕然とした散布者を睨みつけ、ツチの柄を握り締めた。


「これで相殺できた。あとは……」


 錫杖から放たれた衝撃波を打ち消したツチの波動。それらは裏路地の全てに行き渡っていき、散布者が背負っていた煙を吐く荷を破壊していった。


 路面に打ち込まれたツチに飛び乗り、ツチの噴出口から霊力を吐き出させる。

 霊力の噴出を利用した推進力により、俺はツチを移動手段として用いて散布者の親密距離まで迫った。


 それから数時間ほどの時間が経過したと思う。


 商店街に漂っていた煙が段々と晴れていき、商店街は本来の姿を取り戻した。


 町中にある大通りに設置された時計柱に視線を送る。目を凝らしてみると、時計の針が深夜の一時過ぎを差しているのが見えた。

 

「柚子葉童子、この散布者たちは主が独りで片付けたのか?」


 背後から聞こえる声に耳を傾け、声のする方に視線を向けてみる。すると、煙の中に隻夜叉の姿があった。


「うん。全部一人でやったよ」

「そうか。その金槌は酒天童子のものと一緒だな。柚子葉童子、お主は酒天童子と会ったのか?」


 散布者の亡骸なきがらを器用に避けて歩き、隻夜叉は俺の背後に迫ってきた。


「酒天童子さんから伝言を頼まれた。彼女は、『元気にしている。もう心配しなくてもいいよ』って言ってたよ」

「そうか。そう言ってたのか」

「うん」

「お主が金槌を持っている以上、酒天童子に会えたのは本当なのだろう。柚子葉童子、世話を掛けたな。積もる話が沢山あるだろうが、それは現実世界に戻ってから聞くとしよう」


 彼はそう言って具現化した体を幽体化させ、妖力の粒子に変化していく体を天狗避けの御守に注ぎ込んでいった。


 唖然とした表情も浮かべず、何かに安堵したような笑みを浮かべた隻夜叉。


 彼は多分、酒天童子さんが自分よりも沙華さんの事を選ぶのだと、ある程度は予測していたのかもしれない。

 そうでなければ、取り乱したり発狂したり、何かしらの感情を爆発させていただろう。


『柚子葉童子、商店街に徘徊している散布者は居なくなったようだ。ここからホテルまではそう遠くない。気を引き締めて向かうんだな』

「分かってるよ隻夜叉。なるべく過去の出来事を変えないように気を付ける。彼らの亡骸はそのままにしておいていいのかな?」

『いや、完全に消滅させた方がいい。奴らは何者かによって肉体を改造された妖怪たちだ。般若面の側頭部に手を当ててみろ』

「側頭部?」


 脳内を伝ってメッセージを送ってくる隻夜叉。彼が言った通りに般若面の側頭部に手を当ててみると、俺が着ていたホテルの館内着が姿を変えていった。


 ところどころに赤い線が入ったオーバーサイズのコート。黒を基調にした赤い線が入ったコートは、人体と機械が融合したサイバーパンクな世界を彷彿とさせる風貌をしていた。


 どうやら館内着で外をうろつく俺を案じて作り上げた物のようだ。


『そのコートには鬼の妖力が込められている。忌段に君臨する余の妖力で編み込まれだ物だ。人間の力ではまず、傷ひとつもつけられない逸品だぞ』

「ふーん」

『その火鼠の般若衣を着た状態で、亡骸に手を当ててみろ。鬼の妖力が働いた”鬼火”が亡骸を燃やし尽くすはずだ』

「分かった。やってみる」

 

 隻夜叉の話によると、このオーバーサイズのコートは”火鼠の衣”で作り上げられた般若衣であるらしい。

 彼のような忌段の妖怪の攻撃ならまだしも、奇段や怪段といった位の妖怪の攻撃なら傷ひとつつかないとのこと。


 オマケに妖怪や怪異、化け物や霊的存在を炎で祓う機能付きであるらしい。


 彼が言っていた通りに亡骸に手を当ててみる。すると、亡骸が炎を吹きながら燃えていった。


『敵であったとしても、彼らは余と同じ妖怪だ。童子が正しく祓ってくれなければ、彼らの魂は永遠に世をさまよい続けただろう』


 隻夜叉はそう言って黙り込んだ。彼は多分、散布者が敵であると分かっていても、同じ妖怪として彼らを供養して欲しかったのかもしれない。


 それに、散布者の一人が言っていた『助けて』という言葉と、隻夜叉が言っていた『改造』という言葉。


「誰かが意図的に妖怪を操って事件を起こした。でなければ、『助けて』なんて言うはずがない」


 あれこれと考え悩んで心が乱れかける。敵であったとしても、散布者たちは誰かに操られた被害者でもある。


 手のひらから鬼火の塊を作り上げ、路地に倒れていた散布者の肉体を燃やし尽くした。


 呆然としながら淡々と祓い続けていると、商店街の表通りから少年の声が聞こえた。


「狭間様。多分、この近くに倉敷柚子葉様が居ると思います」

「分かった。粗方の妖怪は祓えたのかもしれない。彼女の身が心配だ」


 片方は楢野ならのあおいの声。もう一人は葵が言っていた狭間はざま蔵之介くらのすけで間違いないのだろう。


 顔の下半分を覆っていた般若面を霊力粒子に変化させ、羽織っていた火鼠の般若衣も同様に変化させる。

 霊力の粒子が体内に入ったのを確認した後、俺は二人の前に姿を現した。


「葵。応援を呼んできてくれたんだね」

「倉敷様! お怪我はありませんか?」


 路地裏から現れた俺に葵は愕然としていた。どうやら散布者の気を引いた俺が怪我を負っていないか心配していたようだ。


 彼は棒立ちしていた俺の体に抱きつき、顔を胸に押し当てていた。


「うん。怪我はしてないよ」

「そうですか。本当に心配しました」

「倉敷様。先ほど明神さんから連絡がきまして――」


 楢野葵の隣に佇む少年に視線を送る。その直後、散布者の生き残りと思われる化け物が立ち上がり、彼の背後に迫ってきた。


「危ない!」

「安心してください。私の身は、『八尺はっしゃく』が守りますから」


 叫び声に反応することもなく、狭間蔵之介は俺に不適な笑みを浮かべた。

 彼が笑みを浮かべた瞬間、二メートルはあるだろう紳士を彷彿とさせる身なりをした長髪の成人男性が現れた。


 蔵之介の背後に現れた高身長の紳士。彼は蔵之介の背中に飛び込んだ散布者に指を向け、何らかの術式を発動したようだ。


「そういえば自己紹介がまだでしたね。私の名前は狭間蔵之介、後ろにいる長髪の男は八尺はっしゃくという名の妖怪です」

「蔵之介、ホテルに戻ったら新しいワイシャツを用意して欲しい」


 八尺と呼ばれる妖怪の問いかけに頷いた蔵之介。


 彼が自己紹介を終えた直後、散布者の叫び声と共に血飛沫が宙に舞い上がった。

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