肆ー七


 彼女は多分、俺が知らない答えを全て知っているはず。


「沙華さんと貴女の関係を教えてください」

「意外だな。『霊魂を奪った赤鬼』や『記憶の海での改変』の事を訊かれると思った。そんな質問が最初でいいのか?」

 

 酒呑童子さんの問いかけに頷き、彼女の瞳をじっと見つめた。


 ヘマをするわけにもいかない。予想が正しいのであれば、何度も彼岸と浮き世を行き来する存在なんて地球上に存在しないはず。


「最初の質問に答えてください。答えは『はい』か『いいえ』でも構いません。貴女と沙華さんは、『夫婦のような関係』で間違いありませんよね?」

「まあ、そうだな。そんな感じであってると思うよ」


 茶碗を包み込んでいた手のひらを動かし、彼女は頬に垂れた前髪をいじり始める。


 突然とまではいかないが、確信を突くような質問をぶつけたせいなのか、酒天童子さんはおたおたとしていた。


「この家に入って貴女たちを見た瞬間、私はそう思いました」

「そうか。驚かないのか? 俺と沙華は女同士だぞ?」


 張りつめた緊張の糸がほぐれたように、酒天童子さんは饒舌に語り始める。悠然とパソコンを見つめる沙華さんとは異なり、彼女はもごもごとした口調で口ごもった。


 酒天童子さんの恋愛観がどういうものかは解らないが、俺が生きる現実世界では女性同士の恋愛なんて珍しいものじゃない。

 むしろ、中高一貫の私立女学園に通っていた俺から見てしまえば、それらの関係など当たり前のような物でさえ思える。


「普通だと思いますよ。外野の声なんて放っておけばいいんですから」

「ま、まあ、そうだが……体裁っていうものがあるだろ普通は」

「では、次の質問をさせてください」

「随分とアッサリしてるな。構わないよ」


 それから俺は矢継ぎ早に質問をぶつけた。


 本命の質問である、『十年前、俺の霊魂を奪った人物の正体』という質問をオブラートに包んで訊くため、前菜になるような『身長や体重、胸囲バスト臀部ヒップのサイズの大きさ』といった砕けたマシュマロをぶつけ続ける。


「最後に胸のサイズを測ったのは何百年も前だ。そんなも覚えとらん!」

「ダメです。全部の質問に答えてくれるって言ったじゃないですか!」


 酒天童子さんの胸に巻かれたサラシに視線を送る。何度か手を伸ばしてみるが、彼女は恥じらいながら胸を手のひらで隠し頬を赤く染めていた。

 

「いや、普通は霊魂を奪った『真犯人』が気になるだろ……」

「確かに気になりますけど、貴女のおっぱいの大きさの方が気になります」


 上手く会話の主導権を握り、豊満な乳房を隠すサラシに手を当てる。すると、俺たちのはしゃぎ振りを見ていられなかったのか、沙華さんまでもが乱入してきた。


「酒天童子。いや、の乳房は妾だけのものじゃ!」

「そうだぞ柚子葉。気になるのは分かるが、確かめるのは別の機会にしてくれ」

「仕方ありませんね」

 

 等など、俺が知っている限りの女学園での常識を押し付け、酒天童子さんの心を丸裸にした。


 流石にはしゃぎすぎた。沙華さんまでもが会話に乱入するとなると、会話の主導権を奪い取られる。

 ここは一旦、場の空気を変える必要があるだろう。


 卓上に置かれたヤカンを持ち上げ、中に入っていた麦茶を茶碗に注ぐ。


「では、次の質問に答えてください」

「ああ、分かってるよ」


 酒天童子さんはそう言って半纏で胸を隠した。


 それから俺は本命の質問を彼女にぶつけていく。『今から一年後の未来、酒天童子さんの姿に似た人物が霊魂を奪ったこと』『七度返りの宝刀を使った記憶の海での過去改編能力』という二つの質問。


 酒天童子さんは隠すこともなく語ってくれた。


「柚子葉、お前の霊魂を奪った人物は、沙華の霊魂を奪った人物と同一人物だ。そいつの名前は灰簾かいれん。平安時代の桑都で陰陽師をしていた男だ」

「やっぱり、同じ人物だったんですね」


 ある程度は予測できていた。でも、本当に同一人物だったのかは定かではなかった。

 何度か夢に出てきた光景は、沙華姫の視点を借りた過去の出来事だったようだ。


 今から千年以上前の話。沙華さんはある日、都に住む貴族たちから結婚を迫られたという。

 酒天童子さんが調べた限りでしかないが、沙華さんの霊魂を奪った灰簾という人物は、霊術や妖術といった類いの術式を用いて妖怪に化けていたらしい。


 その後、酒天童子さんは沙華さんの霊魂を奪った灰簾を追い詰めることに成功したが、問題が起こってしまったとのこと。


「沙華さんの姿をした傀儡かいらいですか?」

「ああそうだ。都に隠れていた灰簾を追い詰めたが、そこに沙華と瓜二つの姿をした傀儡に出会った。そこで俺は追跡を断念した」


 追憶に浸る酒天童子さん。彼女の様子を心配したのか、卓上に乗せていた酒天童子さんの手のひらに沙華さんは手を重ねた。


「奴らに逃げられたのはシューちゃんのせいではない。あまり彼女を責めないでやってくれ」


 沙華さんはそういって悔しそうに唇を噛み締める。


 その後、傀儡沙華と灰簾との戦闘で傷ついた酒天童子さんは、京都に身を隠して傷を癒していたらしい。


「隻夜叉と出会ったのは、その年の暮れ頃だった。頼るあてもなく、悲嘆に暮れていた俺は一匹の人間と出会った。そいつが隻夜叉だ」


 酒天童子さん曰く、「あの時の俺は自分の無力さに絶望していた。沙華の姿をした傀儡と戦うことなんてできない。だから、俺は諦めた」とのこと。


 彼女の気持ちは理解できる。

 自分の好きな人の姿を模した人形を相手に戦うなんて、俺には絶対にできない。


「そうだったんですね」

「まあな」

「それで、貴女の姿に化けて私の霊魂を奪ったのは、その『灰簾』っていう陰陽師なんですよね?」

「それは間違いない。情報源が誰かは分からないが、蛸杉の時を越える能力に目をつけた灰簾は、沙華の生まれ変わりであるお前の霊魂に目をつけたんだ」


 酒天童子さんの話は理解できた。灰簾は多分、傀儡沙華の体に宿った沙華さんの魂だけでは、完全に傀儡として沙華さんを蘇らせることができなかったんだ。


 恐らく、灰簾が傀儡の体に沙華さんの霊魂を注ぎ込もうとした時点で、沙華さんの魂は俺という存在に転生してしまったのだろう。


「それなら灰簾が私の霊魂を奪った理由も納得できる。酒天童子さん、貴女はそれに気づいて八尾山の参道で自分の霊魂を注ぎ込んだんですか?」

「そうだ。沙華の生まれ変わりであるお前を死なせる訳にはいかなかった。お前にはツラい思いをさせたかもしれない。ごめんな」


 張り詰めていた気持ちが解けて安心できた。彼女が俺や沙華さんを思って行動に出ていなければ、多分俺は参道で死んでたのかもしれない。


「頭を上げてください。私は貴女に命を救われたんです。死人という肉体であったとしても、貴女が霊魂を注ぎ込んだお陰で生きていられたんですから」

「いや、俺はああする他なかった。隻夜叉と夫婦になったのにも関わらず、俺は沙華のことが忘れられないでいたんだ」

「過去のことを悔やんでも仕方がない。柚子葉、お前が気になっている質問に答えてやろう」


 ノートパソコンを折りたたんだ沙華さん。彼女はコタツの中から何かを取りだし、卓上に置いた。


 彼女に視線を送り、腕から手のひらを辿っていくと、そこには『七度返りの宝刀』があった。


「どうして宝刀が……」

「この宝刀は酒天童子が使っていた物だ。現実世界や記憶の海の世界を含めると、今の段階では宝刀が三つ存在する。その内の一つと思ってくれて構わん」


 沙華さんはそう言って宝刀を差し出してきた。


 彼女から宝刀を受け取り、鉄製の鞘を握りしめる。何度か鞘から宝刀を引き抜こうとしたが、現実の世界と同様に宝刀は抜けなかった。その直後、宝刀が霊力の粒子に変わって手のひらに吸収されていく。


「あれ?」

「そう困惑するな。霊力の粒子に変化して体内に入っただけだ。シューちゃん、柚子葉に宝刀の使用許諾を与えてくれないか?」

「ああ勿論だ。柚子葉、寒いだろうが外にでるぞ」


 手のひらを擦りながら立ち上がった酒天童子さん。俺は彼女に連れられプレハブ小屋から外に出た。


 彼女の話を聞きながら川沿いを歩き続ける。プレハブ小屋から数メートルほど離れた場所で立ち止まり、酒天童子さんに問いかけた。


「何をするんですか?」

「これからお前に教えるのは、七度返りの宝刀の『三つの形態』だ」


 そう言って酒天童子さんは立ち止まる。周囲に人が居ないのを確認したのか、彼女は手のひらから宝刀を具現化させた。


 鞘に収まった状態の宝刀をこちらに向ける酒天童子さん。その直後、彼女の周囲を凄まじい霊力が漂い始めた。


「お前が現実世界で読んだ”四つ目綴じの和本”には、どんな形態の宝刀が描かれていたか?」

いびつな刃先の宝刀の図ばかりでした」


 シゲシゲから授かった四つ目綴じの和本には、様々な形態の宝刀の図が載ってあった。

 ノコギリの形をした宝刀やナイフといった物まで。同じような形状は存在しておらず、どれも各々の使用者が見たものでしかなかった。


「一つ目は、『ツチ』という形態だ」


 七度返りの宝刀を抜刀した酒天童子さん。彼女が持っていた宝刀に目を凝らしてみる。その直後、俺は自分の目を疑った。


 刀身が霊力の粒子に変化していき、粒子が巨大で機械的な金槌へと変化したからだ。


 刀とはほど遠い物体に変化した宝刀。酒天童子さんの説明によると、この『ツチ』という状態の宝刀は、彼女が考案した宝刀の状態であるらしい。


「七度返りの宝刀は七つの状態に『七変化』する。持ってみろ」

「こんな大きな金槌なんて持てるわけないですよ」

 

 彼女の傍に近づき、機械的で巨大な金槌の柄に手を伸ばす。


 六歳の体よりも巨大な金槌なんて持てるわけがない。そう思いながら金槌の柄を握りしめたが、その巨大な物体に似合わないほど金槌は重さを感じなかった。


「まったく重さを感じない。ただの鉄パイプを持ってるような気分」

「宝刀の持ち主に選ばれたからだな。『ツチ』の状態もそうだが、どんな形態であっても宝刀はお前を拒まないよ」


 酒天童子さんは説明を続けた。


 彼女の話によると、ツチと呼ばれる機械的な金槌の形態は、その名の通り「打つ、砕く、押し込む」ことに特化したものであるらしい。


 打撃面のには凹凸おうとつが施されており、霊力操作によって形状が変化するようだ。打撃面が敵にヒットした瞬間、反対側の頭に備えられた排気口から霊力を噴出する仕組みになっているとのこと。


「この状態なら記憶の海に居る『散布者』を祓えるだろう」

「ありがとうございます。これなら多分、あの化け物たちを倒せるかもしれません」


 手のひらサイズに変化したツチを握りしめ、プレハブ小屋に戻ろうとしたが、酒天童子さんに引き留められた。


「まあそんなに慌てんなよ。他にも形態があるんだからな」


 握りしめていたはずの宝刀が粒子に変化していき、再び酒天童子さんの手のひらに粒子として集まる。

 彼女はその後、『カスガイ』と呼ばれる形態と『小太刀コダチ』という抜刀状態の宝刀を披露してくれた。


 酒天童子さんの話によると、『カスガイ』と呼ばれる形態は、釘や針を突き出すようなネイルガンの一種であるようだ。


 これもツチと同様に機械的に変化していき、引き金をひくと釘が飛び出る物質に姿を変えた。


 彼女から渡されたネイルガンの引き金に指先を置くと、俺の意思を汲み取るように『弾丸』と化したカスガイが銃口から発射する。


「三つ目は、『小太刀コダチ』という待機形態だ」

「小太刀ですか?」

「この状態は『抜刀形態』と言って、他の形態に変化するまえの状態と思っていい。宝刀は血液の遺伝子情報を確認後、吸わせた量の血液によって形態を変化していく」

「吸わせた血の量ですか」


 酒天童子さんが言っていた『小太刀』という宝刀の待機形態。抜刀状態にあるこの形態は、彼女に説明された中でも一番厄介に感じるものだった。


 

 七度返りの宝刀は、持ち主の血を吸わせなければ鞘から引き抜くことができないらしい。

 


「なるほど。どうりで引き抜けなかったんですね」

「まあな。現実世界でのお前の体は死人と同様なものだ。吸わせる血液が足りないんだから、宝刀が抜けなくても仕方ねえ」


 物騒な刀だ。隻夜叉や楢野葵が宝刀を『妖刀』と言っていた意味が理解できた気がする。


 宝刀の持ち手には刃が存在する。親指サイズの刃で指を切ることで、鞘の内部に血が流れ込む仕組みになっているようだ。

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