第48話
必死に机に齧り付きながら、今までにない程の集中力でペンを走らせていた。こんなにも勉強に身が入るのは初めてかもしれないと思いつつ、次々と問題を解いていく。
今までで一番、一位を取りたいと強く思えた。
あの子が甘えられないのは、蘭子にも責任がある。
ずっと一位を競い合って、一方的にライバル視し続けたのは蘭子だ。
敵対心を剥き出しにしてきたけれど、そのせいでいま、愛おしい恋人が素直になれないのだとしたら。
「私が解放してあげなきゃ…」
律のおかげで、蘭子は変われた。
蘭子を目一杯可愛がってくれたから、自分に自信が持てた。
自分の存在意義を見出せたような気がしたのだ。
だから今度は蘭子が彼女を解放させてあげたい。
一位なんて取らなくても、気を張り続けなくても良いのだと、結果を示して証明してあげたかったのだ。
「……よし」
期待を入れ直して、改めて参考書に向き直る。テストはおよそ3週間後。
それまで出来る限りのことをやろうと心に決めて、勉強に熱を上げていた。
ルーズリーフと睨めっこをしながら、あまりの難しさに眉間に皺を寄せてしまう。古典の授業は苦手でないないけれど、得意というわけでもないのだ。
分からない箇所があれば、疑問に思った内に解消してしまうのが吉だと長年の経験で学んでいる。
授業終わりの合図であるチャイムが鳴り響くのと同時に、前回学年一位であるひなに声をかけた。
「ひな、ここ教えて欲しいの」
快く教えてくれる彼女にお礼を言いながら、ライバルは律だけではないと考えていた。
もちろん敵対視しているわけではないが、一位を取る上で避けては通れない壁であることに変わりはない。
「蘭子ちゃん、今回は一段と張り切ってるね」
今回のテストで一位を狙っているという事は、まだ誰にも言っていなかった。
そのせいで手を抜かれるのは絶対に嫌だったのだ。勿論彼女たちに限ってそんな事はしないと信じたいけれど、万が一という可能性もある。
教えてもらった事を自分の席でルーズリーフに纏めていれば、目の前に影が差し込んでそっと顔を上げた。
「蘭子、今日部屋に遊びに行っても良い?」
可愛い恋人からのお願いに、咄嗟に二つ返事をしてしまいそうになる。本音を言えば蘭子だって彼女とたくさんイチャイチャしたいけれど、今は勉強に集中しなければいけないのだ。
心を鬼にして、必死に自分の欲望を抑え込む。
「ごめん、テスト終わるまではお預けでも良い?」
「え……」
「勉強に集中したいの」
お願いと頼み込めば、複雑そうな表情を浮かべた後渋々と言ったように頷いてくれる。
蘭子だって律と触れ合いたいけれど、こればかりは仕方ないと必死に理性を働かせたのだ。
「テスト終わったらたくさんイチャイチャしてくれる?」
「……ッ」
可愛すぎるお願いに、キュンと胸が締め付けられる。普段は綺麗でクールな彼女が、こんなに可愛らしい言葉を吐く事を知っているのは蘭子だけだ。
恋人にしか見せない一面に胸を弾ませながら、力強く頷いてみせる。
「満足するまでイチャイチャしよう?」
少し恥ずかしそうに唇を尖らせてから、期待するような目で見つめられる。
心の底から愛おしく、本当は今すぐにでも可愛がってしまいたい。その欲望を糧に、改めて気合を入れ直していた。
それからというものの、蘭子はずっと勉強漬けの日々を送っていた。
間違いなく、今までで1番の勉強量。寝る間を惜しんで勉強をして、最近は家と学校を行き来するだけの生活を送っていた。
朝から晩まで勉強のし過ぎで、律との時間もあまり取れていない。
気づけばあっという間に時間が過ぎて、とうとうテスト前日を迎えていた。こめかみ辺りが痛んで、凝り固まった筋肉を解そうと一度大きく伸びをする。
「あー……もういや……」
「蘭子様、少しお休みになられては?」
「だって明日がテスト本番よ?今が頑張り時じゃない」
目の下に隈を作った主人を見て、困ったような表情を浮かべてしまう。
「最近、律様とお会いしてますか?」
「毎日学校であってるよ」
「そうではなく…恋人として、二人きりの時間はお過ごしになられましたか?」
言われてみれば、確かに最近は恋人としての時間をあまり作れていなかった。テスト期間のため仕方ないと思っているのか、律から強く強請られることもない。
気づけば3週間近く体を重ねておらず、キスだって殆どしていないかもしれない。
「そういえば…勉強に集中し過ぎて…」
「頑張るのも良いですが、ほどほどに。今までで1番と言っても良いほど、机と向き合って……」
優しく諭されてしまって、心の中で反省をする。目的達成のために、勉強に集中し過ぎてしまったのだ。
テストが終わったら、目一杯律とイチャイチャしよう。そのためにもテストを頑張らなければと、最後のラストスパートとして難関問題に挑戦していた。
一斉に答案用紙をひっくり返して、一気に緊張感に襲われる。時間配分を調整するために、まず最初に全ての問題文に目を通していた。
「……ッ」
きちんと勉強した成果か、どの問題も理解出来る。それだけで安心して、リラックスして問題を解くことが出来るのだ。
ペンを走らせながら、ゴクリと生唾を飲む。
ひなから教えてもらった所や、自分で何度も復讐した箇所。
今までで一番やる気が出たのは、自分のためでも、家族のためでもない。
愛おしい恋人のためを思うと、こんなにもやる気が満ち溢れてきたのだ。
予定時刻の20分も前に、シャープペンシルを置く。
辺りはまだペンを動かす音が響いているが、不思議と自信に満ち溢れていた。
間違っているところは殆どないに等しいだろう。
どの教科もこれまでとは比べものにならないくらい自信がある。愛おしいあの子のことをおもうだけで、こんなにも頑張れてしまう自分がいたのだ。
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