第49話


 テスト終わりのお疲れ様会として、いつも通りひなの部屋に3人で集まっていた。何かと理由を付けては、こうやってスイーツを頬張ってばかりいる。


 ようやく勉強から解放されて、達成感に駆られながらマカロンを味わっていた。


 「蘭子ちゃん、今回本当に頑張ってたね」

 「今までで一番自信あるよ」


 自信満々に答えれば、隣で紅茶を飲んでいた律が驚いたような顔をする。こうやって、彼女とゆっくりお茶をするのも久しぶりだ。


 「今回のテスト難しくなかった…?」

 「ちょうどテスト前に集中して勉強してた範囲が多く出たから…」

 「そっか…発表、来週だよね」


 頷きながら、僅かに緊張していることに気づく。手応えはあるけれど、皆勉強は得意なため結果はどうなるか分からない。


 もしかしたらまた、敵わない可能性だってあるのだ。


 「……ッ」


 ゴクリと紅茶を飲み込んでから、何とか心を落ち着かせる。出来ることは全部やった。後はもう発表まで待つしか無いのだからと、そっと肩の力を抜いていた。




 久々にお茶会をしたため、積もる話が溜まっていたこともあって、部屋を出る頃にはすっかり日が暮れてしまっていた。


 真っ直ぐに自分の部屋へ戻ろうとすれば、可愛らしい恋人からキュッと手を握られる。

 こんな風に彼女の温もりを感じられるのも、一体いつぶりだろう。


 「ちょっと散歩しない?」

 「いいよ」


 指を恋人繋ぎに絡め直してから、ゆったりとした足取りで夜の学園内を歩いていた。街灯に照らされながら辿り着いたのは、何度も訪れたことがある噴水広場。


 夜遅いこともあって辺りには誰もおらず、2人きりの時間に癒されてしまう。


 「……ねえ、蘭子」


 背の高い彼女に見下ろされながら、どこか寂しげな瞳を向けられていた。

 手を握る力はさらに強められて、不安げな声色に戸惑ってしまう。


 「……何か私に隠してることある?」


 思わずビクッと肩を跳ねさせれば、律はそれを肯定だと受け取ったようだ。

 目を細めながら、疑うようにこちらを見下ろしてくる。


 「やっぱり」

 「隠してるっていうか……その…」

 「何を隠してるの」


 問い詰められても、素直に口を開く気にはなれなかった。

 血の滲む努力を重ねたけれど、また蘭子が一位を取れない可能性だって残されているのだ。


 もし一位ではなければ、また次のテストまで律は蘭子から可愛がられることを拒否するような気がしてしまった。


 「……もうちょっと待って」

 「どうして?すぐに言えないことなの?」


 珍しく突っかかってくる彼女の様子に、戸惑ってしまう。

 普段は聞き分けが良い彼女が、こんなに問い詰めてくることは初めてかもしれない。


 「……他に好きな人が出来たとか?」

 「はあ!?」


 一体どんな思考回路でその結論に至ったのか、訳がわからずに声を荒げてしまう。


 これほど律に重い恋心を抱いている蘭子が、他の女性に目移りするなんてあり得ない話だ。


 「何でそうなるの?」

 「だって、最近ずっと余所余所しいから…」


 不安げに目線を彷徨わせながら、自信を失ってしまったように俯いてしまう。


 「……私が蘭子に抱かれないから、愛想尽かされたのかなって……」


 段々と声が小さくなって、か細く震えてしまっている。

 切長の瞳から一粒の雫が零れ落ちて、すぐに後悔した。


 律のために頑張っていたつもりだけど、そのせいで恋人をこんなにも不安にさせて泣かせてしまっている。


 力強く抱きしめながら、これ以上黙っているわけにはいかないと腹を括った。


 「違うよ…」

 「じゃあ、なんで…」

 「……律の肩の荷を下ろしてあげたかったの」


 予想外の言葉だったのか、キョトンとしてしまっている。こんな状況なのにその表情が可愛いと思ってしまうのだから、本当に重症だ。


 「……私がずっと追いかけるから…律は気を抜けないのかなって…甘えたくても甘えられないのかなって…だから、次のテストで私が一位になれば律も気が軽くならないかなって思ったの…」


 だから必死に勉強をしていたのだと、正直に伝える。


 夢中になるあまり、大切な恋人を傷つけて不安にさせてしまうなんて本末転倒だ。


 「私が律を嫌いになるはずないじゃん…っ律が好きだから私に出来ることをしようって…だけどそのせいで不安にさせて、本当にごめん」


 首を横に振ってから、軽く屈みながら蘭子の肩に額を押し付けてくる。


 そして自分の本音をぽつりぽつりと打ち明けてくれた。


 「最初は私が無理やり約束したことがきっかけだったから…蘭子は流されてるだけなんじゃないかって、心のどこかで不安だったの」

 「そんなはず…っ」

 「わかってる。けど、私重いから……10年もひとりの女の子に片想いするくらいだよ?愛も重いし、その分不安にもなる」


 きっと簡単には晒せない、彼女の繊細な部分を見せてくれているのだ。


 当たり前だけど、つい忘れがちなこと。

 この子も普通の女の子なのだ。

 冷徹かつクールで、何でもこなせる優等生だけど、内心は酷く繊細で優しい女の子。


 そんな彼女だから、蘭子は恋に落ちたのだ。


 「……だから、全部私がやろうと思った。沢山可愛がって、甘やかして…そうして蘭子が私から離れられなくなれば良いって…」

 「…そんなことしなくても、もう離れられないのに」


 優しい手つきで髪を撫でてから、そっと彼女の頬に手を添える。

 俯いている顔を上げて、そっと唇にキスを落とした。


 「……他の人なんて好きになるはずないじゃん」

 「だって……」

 「私は律が好きだよ。気づくのは律に比べたら凄く遅かったかもしれないけど…ひとりの女の子として、筒井律が好き」


 一度呼吸を落ち着かせてから、ありのままに自分の思いを連ねる。恋人同士だからこそ、時に正直に、不安に思いながらも想いを伝え合わなければいけないのだ。


 「だから、私も律を可愛がりたい。私にしてくれるみたいに、律のことも沢山気持ちよくさせてあげたいの」

 「だって、私蘭子みたいに可愛くない…」

 「何回可愛いって言えば分かるの」

 「……変な声が出ても引かない?」

 「むしろ興奮する」


 想像して、無意識に声に熱が宿っていた。

 耳元で想いを囁けば、恥ずかしそうにコクンと頷いてくれる。


 「じゃあ…お願いします」


 顔が真っ赤で、まるで期待するかのように瞳はゆらゆらと揺らめいている。こんな風に照れを滲ませた姿は初めてで、思わず生唾を飲んでしまう。


 可愛くて大切な恋人だからこそ、蘭子しか知らない顔が見たくて仕方ないのだ。

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