第43話
食事をしながら、ちらちらと綺麗な爪先を眺めていた。
もちろん蘭子だって律を可愛がりたいけれど、同時に可愛がられたいという欲望も孕んでいるのだ。
ネコとタチをどちらもシたいと思っていたからこそ、綺麗な手元に寂しさを覚えてしまうのは当然だろう。
せっかくのデートで、おまけに1ヶ月記念日だと言うのに、長いジェルネイルをしているということは、今日蘭子と行為をするつもりがないのだろう。
それともネコだけで、タチ役をするつもりがないのかと、せっかく美味しく食事をしているというのに上手く喉を通っていかない。
律は間違いなく蘭子を好きで、蘭子だって律を好きだけど、温度感が違うとこんなにも寂しいのかと気付かされる。
付き合って浮かれてばかりいたけれど、好きな人と同じ思いを持ち続けるというのは決して簡単なことではないのだ。
「これ美味しいね」
デートを楽しんでいる彼女に水を刺さない様に、必死に笑みを張り付けていた。
自分ばかりが気合を入れていた寂しさに、落ち込んでしまいそうになる。
食事を終えても結局部屋を予約してあるとは言い出せないまま、ホテル内の庭園をゆったりと散歩していた。
ハンドバックには部屋のルームキーが2枚入っているけれど、当然渡せるはずもない。
もしかしたら、律はそこまで蘭子とする気がなかったのかもしれない。
蘭子があまりにグイグイ行くからあの場では合わせてくれただけで、本音はシたくないかもしれないと、どんどん悪い方向へ考えてしまいそうになるのだ。
ライトアップされる庭園内を歩いていれば、ピタリと彼女が立ち止まる。
「実は、渡したいものがあるの」
バッグの中から彼女が取り出したのは、小さめなラッピング袋だった。すぐにリボンを解いてから、優しく蘭子の手に触れてくる。
「え…」
「腕貸して?」
されるがままになっていれば、そっと蘭子の腕にゴールドチェーンを回してくれる。
キラキラと装飾の着いたブレスレットで、可愛らしいデザインをジッと見入ってしまっていた。
「私とお揃いなの」
恥ずかしそうに微笑む姿から、蘭子に対する愛情が伝わってくる。堪らなく愛おしくて、愛おしさのあまり胸が苦しくなるのだ。
一体何を1人で悶々としていたのだろうと、先程のネガティブな考えが一掃される。
この子は蘭子を好いてくれていて、たとえ性的欲求が伴わなかったとしてもその想いは何も変わらない。
こうして楽しい時を過ごすだけでも、十分かもしれないと思い始めている自分がいた。
性的接触がないことはもちろん寂しいけれど、それでも構わないかと思うくらいには律のことを好いている。
筒井律という女性を心の底から愛しているからこそ、心だけの繋がりでも満足できるような気がしたのだ。
体をギュッと抱きしめてから、いつもの流れでキスをしようとして、ギリギリの所で思い留まる。
流石に公共の場でキスまでしてしまうのはマナー違反だ。
「……私も見せたいものがあるの」
プレゼントは用意していなかったが、せっかくだから夜景を二人で眺めたい。綺麗な夜景が彼女の心に残るのであれば、それだけで十分だ。
「ここのホテル取ってあるから……一緒に夜景眺めよう?」
抱きしめていた彼女の肩が、一瞬だけビクッと跳ねる。安心させるように背中を摩ってあげながら、彼女への愛を再認識していた。
律がその気じゃないなら、する気はない。体の接触がなくても、こうして愛を注いでもらえるだけで蘭子は幸せなのだ。
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