第42話


 恋というのは不思議なもので、今までだったら何とも思わなかった景色が酷くキラキラして見えるのだ。

 朝起きたらサンサンな太陽が輝っているだとか、ビューラーでまつげをぱっちりと上げられたとか。


 些細なことに喜びを感じられるのは、今蘭子が幸せだからだろう。最近は自然と口角を上げることも多く、今もペディキュアを塗りながら鼻歌を歌っていた。


 「蘭子様ご機嫌ですね」

 「そう?」


 浮かれている自覚はあったが、側から見てそこまで分かりやすいのかと恥ずかしくなってしまう。


 今日は律が出掛けているため、まったりと部屋で寛いでいた。何度も連絡アプリのトーク履歴を見返して、画像フォルダを漁っては一緒に撮った写真を愛おしい思いで見つめてしまう。


 ポーチの中からお揃いの口紅を取り出して、また彼女のことを思い出してしまっていた。


 もっとお揃いのものが欲しい。好きな人と同じ持ち物が欲しくなってしまうのはどうしてなのだろう。


 「明日は付き合って1ヶ月記念でしたっけ?」


 伊乃からの問いに、力強く頷く。お店は律が決めてくれて、既に予約まで済ませてくれているらしい。


 有名なフレンチレストランは三つ星ホテルの中にあって、客室からは綺麗な夜景を一望出来るのだ。


 「……っ」


 あちらは知らないけれど、実は最上階の部屋を予約しているのだ。知ったら下心があると警戒されてしまうだろうから、まだ打ち明ける事が出来ずにいる。


 もし律がそのつもりがなかったとしても、綺麗な夜景を眺めるだけで十分に思い出になるだろうと踏んでいた。


 まだ付き合って日は浅いけれど、恋人に目一杯愛を注いで喜んでもらいたいのだ。





 出発地点は同じだというのに、たまにはデートらしく待ち合わせをしていた。車を降りてからロビーを潜り抜ければ、既にラウンジで寛いでいる彼女の姿を見つける。


 お気に入りのワンピースにピンヒールを履いて、髪型は大人っぽく見えるように下ろした状態。

 伊乃によって綺麗に巻かれた髪の毛は、ヘアミストの甘い香りがしていた。


 「お待たせ、律」


 こちらの声に反応して振り返った恋人は、いつにも増して大人っぽかった。

 黒色のタイトなワンピースは細身な彼女によく似合っていて、スリットから除く足が真っ白で眩しい。


 同じく髪の毛がふんわりと巻かれていて、普段とは違う様子に顔を綻ばせてしまうのだ。

 

 「……じゃあ、行こっか」

 

 手を伸ばされて、ギュッと握ってからすぐにあることに気づいた。

 恐る恐る彼女の手元に視線をやれば、予想通りそこには綺麗なジェルネイルが施されている。


 「り、律…それ……」

 「これ?せっかくだからオシャレしようかなって」


 長めの爪には先端まで可愛らしいデザインが施されていて、当然これでは欲望を満たせるはずもない。

 とても可愛らしいけれど、もしかしたらとホテルまで予約していた手前、寂しさを覚えてしまっていた。


 しかしそれを顔に出さないように、グッと感情を抑え込みながら笑みを浮かべる。


 「すごく可愛い。私のためにおしゃれしてくれたんでしょ?嬉しいよ」


 そうは言うものの、内心胸がジクジクと痛んでいた。

 別に律とはイチャイチャするために付き合っているわけではないけれど、期待していたのは自分だけなのかと淋しくなってしまったのだ。


 綺麗に切り揃えられた自分のつま先。それを隠すようにギュッと握り込んでから、改めて律の手を取っていた。

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