第34話


 ポーカーフェイスと散々囁かれた氷の女王が、目を真っ赤に腫れさせながら戻って来たのだから皆が驚いた顔をしていた。


 あまり感情を表にしない律の泣きじゃくった表情に、困惑してしまうのは無理はないのかもしれない。


 しかし皆、テストの結果を知っているからか何も言ってこなかった。教室に戻ってくる頃にはホームルームも終盤を迎えていて、1学期の成績表を手渡しされればそのまま解散となる。


 結局終業式に参加することは出来なかったが、それも別に構わないと思ってしまうのは全て律のおかげだろう。


 長期休み前にロッカールームを片していれば、トントンと肩を叩かれる。


 「蘭子ちゃん、律ちゃん……」


 振り返れば、そこには今期末のテスト1位に輝いたひなの姿があった。3つ隣のロッカーで同じく荷物を纏めていた律も、名前を呼ばれて手を止めている。


 笑顔で頷いて見せれば、本人たちと同じくらいひなは顔を綻ばせて喜んで見せた。


 「良かった…良かったね律ちゃん…それにごめんなさい」


 尚も誤りの言葉を口にする彼女の額を、律が人差し指と親指で弾いてみせる。

 パチンと大きな音がして、同時に小さく呻く声が聞こえた。


 「……次は負けないし」


 冗談めかしに言われて、少しだけ心を軽くしたように安堵の表情を浮かべていた。

 泣きそうになりながら、何度も頷いている。


 今の彼女には、それくらいの言い方が1番楽なのかもしれない。


 「……うん!」


 顔を見合わせて笑い合う2人を見て、ホッと胸を撫で下ろす。

 2人が蘭子の事で恋バナをしていたなんて、全く知らなかった。色々と知恵を重ねてくれたおかげで、今こうして彼女と想いを通わせあえているのだ。


 ちらりと隣に立つ律を盗み見る。

 目は泣き腫らしているのに、嬉しそうなその姿が酷く愛おしく思えた。

 

 同性であんなにもライバル視していた彼女と、こうして恋人関係を築いているのだから人生どうなるか分からない。


 奇跡のようなこの運命を、誰にも傷つけられないように大切にしようと胸に誓うくらいには、すっかりと彼女の虜になってしまっているのだ。




 テーブルの中心には蘭子が一番好きなパティシエが作ったホールケーキが置かれていて、部屋中はバルーンやモールで賑やかに飾り付けられていた。


 メイン料理は伊乃に教えてもらいながら作ったデミグラスハンバーグで、他にもひなお手製のポテトサラダやクリームシチューなどが机の上には並べられている。


 本日の主役である、蘭子の恋人の誕生日を祝うためにひなの部屋に集まったのだ。


 「……家族以外に祝ってもらったの初めてだから嬉しい。友達と恋人同時に祝ってもらうなんて…贅沢だね」


 盛大に祝われるのが慣れないと、こそばゆそうにはにかむ姿があまりに可愛らしい。

 ひなと目を合わせてから、勢いよく2人で律に抱きついていた。


 3人でギュッと抱きしめ合いながら、胸をキュンとさせてしまう。


 こんな風に思った事をはっきりと口にするところが、律の良いところだ。


 「でも誕生日が記念日なんて素敵だね」

 「たしかに……じゃあ来年はもっと盛大に祝わないと」


 どこか遠出をしても良いし、練習を重ねたら誕生日ケーキだって作ってあげられるかもしれない。


 律が望む事であれば、何だって叶えてやりたくなるのだ。


 サラサラと髪の毛を撫でてやれば、嬉しそうに律が目を細める。


 今まで彼女はクールだと思っていたが、全然そんな事はなかった。むしろすごく正直で、表情がすぐ顔に出て分かりやすい子なのだ。


 すっかり話し込んでしまったせいで、気づけば時刻は夜の9時を回っていた。

 ホールケーキを3人で平らげたおかげで、すっかりとお腹がいっぱいになってしまっている。そろそろ解散しようと、荷物を纏めてから玄関へ向かっていた。


 「じゃあ、また夏休み遊ぼうね」


 小さく手を振る小動物のような彼女と別れてから、律と共にエレベーターに乗り込む。彼女の部屋がある目的階ではなくて、そっと一階のボタンに触れていた。


 「まだ時間ある?」

 「え……」

 「もうちょっと一緒にいたい」


 誰もいない箱の中で、ギュッと彼女の手を握る。すぐに手を離されてから、今度は恋人繋ぎで握り返されていた。


 全ての指が彼女の熱に触れていて、愛おしいあまりに胸が苦しくなる。

 

 「もちろん」


 ちょうどエレベーターが到着して、箱の中から出ても彼女と手を繋いでいた。すれ違う生徒が驚いたようにこちらを凝視しても、気にせずに前を見据えられる。


 律といるだけで、何だか強くなったような気がしてしまうのだから不思議だ。たとえ誰に何と言われようとも、一番大切な人が自分を愛してくれているというだけで根拠のない自信が込み上げてくるのだ。


 ゆったりとした足取りで到着したのは、雰囲気が良いと評判な噴水広場だった。自分には縁がないと思っていた場所に、心を通わせた相手と一緒に立っている。


 「これプレゼント……ひなの前で渡すのは恥ずかしかったから」


 紙袋を渡せば、嬉しそうに受け取ってくれる。

 両手で袋を抱えながら、ニコニコと頬を緩めていた。


 「開けて良い?」

 「もちろん」


 そっと袋からプレゼントボックスを取り出して、丁寧にリボンを外していた。

 黒色のボックスは高級感が漂っていて、彼女が持つと品が増して見える。


 箱を開けば、中には口紅が二つ収められていた。口紅を一本取り出して、刻まれている文字の存在にすぐに気付いたようだ。


 「Ritsu・Ranko…て、刻印入ってる…」


 口紅のキャップ部分には、2人の名前が刻まれていた。

 蘭子も普段愛用しているブランドの口紅で、オンライン限定で刻印をしてくれるサービスがあったのだ。


 せっかくだから2人だけのものが欲しいと、お揃いの口紅を購入してしまっていた。


 「この深い赤色が律の分で、こっちが私」


 キュッとキャップを外せば、甘いピンク色が顔を出す。

 ミルキーピンクという色味で、文字通り甘く可愛らしい薄ピンク色だ。


 「塗ってあげるよ」


 律の分を受け取ってから、唇に滑らせていく。

 ぽんぽんと軽く叩くように塗れば、制服姿でも濃く付きすぎずに似合っていた。


 私服姿であれば、濃いめに塗っても酷く似合って綺麗なのだろう。


 「私も蘭子に塗ってあげたい」


 目を瞑れば、唇にスルスルと柔らかいそれが滑らされていく。輪郭まで丁寧に塗られてから、最後にチュッとリップ音をさせながら柔らかい感触が触れていた。


 可愛らしい彼女の言動に、つい笑みを溢してしまう。

 

 目を開いてみれば、案の定律の色と蘭子の色が重なるように混ざり合っていた。


 「…これだと混ざっちゃうよ」

 「いいじゃん、私たちの色みたいで」


 新たな色に染められた彼女を見つめながら、自然な笑みを溢れ落としてしまう。ジッと目を見つめれば、吸い込まれるように彼女の顔が近づいてきて、再び唇を重ねていた。


 柔らかい感触に酔いしれながら、ついばむように唇を重ね合う。

 

 首に手を回して、一度唇を離してから何度も彼女と重ね合っていた。


 その度に胸がキュンと苦しくて、可愛い彼女が離れないように抱きしめる。

 甘ったるい恋心に酔いしれながら、惜しむ事なく愛を捧げていた。

 


 

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