第35話


 隣同士に座りながら、1人分空いたスペースにもどかしさを感じていた。恋人同士でソファに並んで座っているというのに、距離があるなんて寂しいだろう。


 ちらりと視線を寄越せば、可愛らしい恋人はテレビを食い入るように見つめている。すっかりと映画に夢中になっているようで、自分ばかりが緊張しているような気にさせられていた。


 今日は付き合って初のお家デートで、彼女の部屋に来るまでずっとドキドキしていたのだ。

 夏休みに入って1週間経つが、誕生日以来一度もキスはしていない。


 「どうかした?」


 こちらの緊張はちっとも伝わっていないようで、律は不思議そうに小首を傾げている。


 慌てて首を横に振りながら、視線を送りすぎた事を後悔した。映画を真剣に見ているというのに、邪魔をしてしまったのだ。


 「な、なんでもない…」

 「そう?次、この恋愛映画見ようよ」


 気づけば画面にはエンドロールが流れていて、結局内容はほとんど頭に入って来ていなかった。


 リモコンを素早く操作されて、続いて恋愛映画が表示される。


 「はじめるよ」


 昨年話題になっていた恋愛映画は、最近注目されている若手俳優と女優のゆったりとした恋物語だ。


 キュンと甘酸っぱい恋愛模様が面白いらしく、仲の良いクラスメイト達も口を揃えて絶賛していた。


 あまり物語自体に激しい変動はなく、容姿端麗な2人がひたすらに愛を囁き合うといういかにも若い女性が好きそうな恋愛劇だった。少しだけ想いがすれ違う場面もあったが、最終的に2人が唇を重ねて物語は終了する。


 思い返してみれば、付き合ってから2人の間で甘い雰囲気は流れていない。

 昨日ひなが帰省をするまでは、ずっと3人で遊んでいたのだ。


 しかしこれからお盆までは2人きり。


 「……ッ」


 お部屋デートをしようと誘ってくれたのは律の方で、彼女もそういった下心を持ち合わせていたのだろうか。


 キスくらいはするのだろうかと、あの感触を思い出すだけで一気に体が火照ってしまいそうだ。


 心臓の音を必死に押さえ込もうとしていることなんて、あちらはちっとも気づいていないのだろう。

 

 酷くあっさりとした態度で、さわやかな笑みを浮かべているのだ。


 「そろそろ帰る?」

 「あ……そうだね」


 律の付き人である夢花には、蘭子の部屋に移動してもらっていた。てっきりこのまま2人で夜を越すと思っていたせいで、拍子抜けしてしまう。


 まるで蘭子ばかりが期待していたようで、恥ずかしさまで込み上げていた。


 夢花と伊乃はどういう関係か仲は良いため、構わないと言っていたが、やはり彼女も眠る時は自分の枕が良いだろう。


 我儘を言う気にもなれず、ちっとも名残惜しくないフリをして立ち上がっていた。


 「……明日は用事あるけど…明後日は空いてる」

 「わかった。待ってるね」


 当然のようにデートの約束を取り付けられて、これが恋人の特権かと胸を震わせてしまう。特に理由がなくても、用事がなくても一緒にいたいからそばにいられる。


 すぐ側にいられる権利は、まさに恋人の専売特許だろう。


 「……律」


 両手で彼女の頬を掴んでから、勇気を出して唇を重ねる。付き合う前にした、深い口づけを期待していたというのに、律はそれ以上何もしてこなかった。


 チュッとリップ音をさせながら離れていくそれを、名残惜しく見つめてしまう。

 向こうが積極的になってくれることを期待したが、その手には乗ってくれなかった。


 「可愛い、蘭子……おやすみなさい」


 優しく髪の毛を撫でてくれる彼女の表情はひどく嬉しそうで、キスをする事自体は嫌がっていないようだった。


 付き合ってまだ日が経っていないため、触れるだけのキスで十分だと思っているのかもしれない。


 髪に触れてくれる手つきは心底愛しているけれど、もっとと期待している自分がいた。

 好きだからこそ、触れられたいし触れてみたい。


 彼女のすぐ側にいるだけで、そんな欲に塗れた感情が込み上げてきてしまう。


 きっと律はまだそこまで考えていないと分かっているから、自分ばかり期待しているみたいで寂しさを覚えてしまうのだ。

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